わんわんポッキー「ちょっ!!こらっ!!」 その日土方の家を訪れ、玄関扉を開けて一番最初に風間が見た光景は大型犬とじゃれて…いや、飛び掛かられている土方の姿だった。 「………」 「!!、千景いいところにっ!!」 玄関先、扉を開いた格好のまま、その光景を微動だにせずに眺めている風間の姿を見つければ、土方は手に持っていた何かを思い切り放り投げてきた。 「!?ッ」 慌てて投げられた物をキャッチする風間と、次は風間へと向けて駆け出そうとした犬を、土方が抱き付く形で止めている。 「なんなのだ!!」 「ん?」 「この現状だっ!!」 なおも風間の方へ行こうとする犬に、何度もおすわり、なんて声を掛けている土方の側まで風間がやって来た。 「あー…いやな、会社の同僚が急遽一週間ぐれぇ地方行かなきゃならなくなってな、その間預かる事になってな」 土方はまだも床付近で犬とばたばた格闘しているが、等の犬といえば、既に遊びの域に入っているようだった。 近付いた風間の姿に気付き、その手に握られた物を見れば、再度風間へ向けて飛び掛かろうとする。 「ーッあ!!」 するりと土方の腕を柔らかい毛が滑り抜ける。 しまった。と思った瞬間。 「おすわり」 すうっと紅い瞳が細まり、風間の低い声が落ちた。 同時にぺたりと犬の尻が床に着き、まさしく『おすわり』の形をとる。 土方といえば、床に四つん這いになったまま、目の前で床掃除をする如く左右に降られている尻尾と、嬉々として風間を見上げている犬に激しく釈然としないものを感じる。 「いい子だ」 伸びた風間の手が優しく犬の頭を撫でた。 犬は群れで生活し、強い社会性を持つ。 つまりは…瞬時、本能的に風間を己よりも強い者、ボスとして認識したということだ。 眉間に深く皺を寄せながら、土方はその光景を眺めていたが、いや、確かに怒らせるとそりゃまあ大層恐ろしい風間を思えば、どこか納得する気が無きにしも非ずだ。 手で招く動作だけでソファーに移動した風間の側に、躍るような足取りで犬がついて行く。 腰を下ろした風間の横に、散々格闘した為に少々疲れた体を投げ出すように土方も座った。 「で、これはなんだ?」 土方の目の前に出されたのは、先程投げられた物だ。 「ポッキー」 「見れば分かる」 ごくごくありふれて見慣れたパッケージは、庶民菓子と馴染み深い。 「何故これが…」 普段あまり菓子類を食べない土方が、それを持っていた事への疑問を投げ掛けようとしたところ、ソファーの座面にたしっ、と犬の手が乗った事で言葉が切れた。 くれ。と言わんばかりのくりくりした目がポッキーの箱に注がれている。 「……こやつのか?」 「…いや…そういうわけじゃねぇんだけど…」 次いで、膝辺りを軽く掻いて催促する犬に視線を向けながら、風間はパッケージを開け始めた。 がぜん、犬の目が目に見えてきらきらと輝きだす。 「人間用の菓子を犬にくれるのは、些か感心せんぞ」 「…だから…そういうわけじゃねぇって…」 もごもごと口籠もる声を発する土方に、紅の視線だけが向けられる。 「なんか、あれだ。今日はポッキーの日だとかなんとかで…」 「ポッキーの日?」 「1並びだろ?今年は特にな」 先日たまたま会った、自分よりも年若い友人がそんな事を言っていたのだ、と説明する。 「それで貴様はわざわざ買ったのか?」 「んー……まあ、その…コンビニ入ったら、なんか目についちまって……」 自分がらしくない事をした自覚はあるものの、歯切れの悪さはそれだけが理由ではなく。 「なら、貴様が食う為に買ったのだな」 「まあ…そうってぇか…」 風間は手元の箱に視線を戻すと、そんな土方の様子を気にすることもなく中のポッキーを一本口に運び食わえた。 その途端、犬が勢いよく飛び掛かる。 「!!!、あーッ!!!」 瞬時、土方の口から大声が上がった。 風間の口から出ていた部分のポッキーを、犬は一気にぱっくりと食べた上に、更にべろべろと風間の口を舐めている。 風間といえば、なされるがままに固まっていた。 もっともっと、と舐める犬の顔を風間が離せば、よだれでべとべとになっている口元から一つ息を吐き出した。 「洗ってくる」 おすわり。とまた一つ号令を掛ければ、犬は足元へと命令通りに戻り、風間は菓子箱を土方へと渡して洗面台へと消えて行った。 はあ、と土方は溜息を零して犬へと顔を向けると、くれ、と言う黒目とかち合った。 「お前ぇなぁ…」 渡された菓子箱を傍らに置き、わしっと両手で犬の顔を掴んでその鼻先へと顔を寄せる。 「あいつは俺のもんなんだよ」 くりくりとした愛らしい目が土方を見つめている。 温かく、手触りのいい柔らかい毛と、どこかへらりと笑うように開かれている口にと、全く持って憎めない愛嬌のある姿に笑みが強い苦笑が漏れた。 「しかも…先越すなよ…」 耳元をぐりぐりと掻く様に撫でてやれば、気持ちよさそうに目を細める。 「何がだ?」 犬と顔を間近で突き合わせて話をしていた為、上から降った声に土方はびくりと固まった。 風間が帰って来ていたらしい。 「別に、何でもねぇよ」 犬から顔を上げるが、横に座り直した風間へと向く事はなく…正確には気恥ずかしくて向けなかったのだが。 そっけない返事を返して犬の頭を撫でた。 「そうか」 風間から返る答えも簡素なもので、なんだか微妙な空気を紛らわすかのように、土方は置いた菓子箱を手に取りポッキーを一本口に入れた。 「土方」 ふいに名を呼ばれ、反射的に風間へと顔を向けた。 ぱく。 ポッキーの端を風間が食わえる。 そのまま、小動物がするようにつつつ、と小さく噛み砕いていく。 顔が後数センチまで近付いたと思った瞬間、ちゅっ、と音をさせ軽く触れたキスが離れていった。 「……」 眼前にはしたり顔で口許を引く、綺麗な笑みがある。 一拍遅れて土方の頬が赤く染まった。 「…ーッて、てめぇッ!!!」 口内の菓子をこくりと飲み込み、風間は舌先で自分の唇を小さく舐める。 「こういう事ではなかったのか?」 ん?と小首を傾げて土方の顔を覗き込みながら、指先でポッキーの箱をとん、と指してみせた。 「―――〜〜〜っっ!!!」 お見通し。とばかりの風間に土方は声も出ず、険しいのだか情けないのだかと、よく分からない表情を浮かべている。 してやったりとばかりに風間は満足気だ。 気を取り直すように一つ息を吐くと、土方はずいっと自分から顔を寄せた。 「わかってんなら、もう1回だ。全然楽しめなかったからな」 「…望むところだ」 喉奥で笑う音が小さくすると、風間の指が一本箱から取り出す。 唇に添えられたその先を土方が食わえれば、反対側を風間が食む。 互いに挑むかに視線を外さず、ゆっくりと両端から口内に納め、触れ合う寸前に瞼を閉じた。 触れ合う唇は菓子が無くなっても離れることはなく。 足元では犬がゆったり寝そべりとろとろと微睡んでいた。 111111 わんわんわんわんわんわん!! そして ポッキーの日!! |