薬剤師の多忙な休日



シャワーから出たヒソカは、濡れた髪をガシガシと拭きながら、先程までリビングでテレビを見ていた彼女の姿を探した。

人の気配もなく、テレビが消えいることから居住スペースには居ないのだろうと判断し、ヒソカは1階の薬局へ足を運んだ。

案の定、1階には明かりが灯りカチャカチャと音が聞こえる。

ドアの先に薬を調合するリリィを見付けると、ヒソカはおや?とその首を傾げた。


「今日は休みじゃなかったかい?」

『あ、ヒソカさん!』

「それもこんなに沢山…」


振り返るリリィ…同時に視界に入ったのは机にびっしりと並べられた小瓶。


『本当はお休みなんですけどね…さっき総合病院から電話が入ったんですよ。“薬の在庫が尽きそうだから持って来て欲しい”って…』

「優しいねぇ…在庫不足なんて向こうの落ち度じゃないか。リリィが世話焼いてやること無いのに…」


カウンターに座り、不満そうに頬杖を付くヒソカを見て彼女は困ったように笑った。


『それが落ち度って訳でもなくて…』

「ん?」

『ほら、連日テレビでやってるニュース…例の爆発事故で病院もてんてこ舞いみたいで…』

「あぁ…なるほどね」


普段はニュースを見ないヒソカだが、リリィが見ていれば、同じ空間にいる彼の目にも入る為、事故の事は知っていた。

一昨日に隣町で起こった事故…繁華街にある飲食店でのガス爆発は連休中と言う事もあり、多くの死傷者を出している。

隣町の病院が被害者で溢れ返り、ここボードリアにも流れて来ているのは容易に想像が付いた。


「ボクも手伝うよ…こっちのは箱に詰めて大丈夫かい?」

『お願いします、中身が入ってるのは完成してるので!』


納得したヒソカはカウンターから立つと、配達用の箱を組み立て、透明な液体の詰まった小瓶を手に取った。










出来上がった薬を持ち総合病院へやって来た2人。


『こっちが麻酔で、こっちが血漿増量剤です…』

「助かります…お休みの中、お呼び立てしてしまい申し訳ありません…」

『いえ、大丈夫です。事故のことはニュースで見ました…薬が足りなければいつでも言ってください』


頭を下げる担当者に、リリィが優しく微笑み労るように言葉を掛ける。


「本当に…重症者が一気に来たので、薬もスタッフも足りなくて…これでは当分、新規患者の受け入れは…」

「何でだよッ!!」


溜め息混じりに話す彼女の言葉を大きな声が遮った。


「時間が無いんだ!早く医者をッ…!」

「ですから、今当院はこれ以上患者様を受け入れることは…」

「そこを何とかならないか?」


金髪の青年ともう1人は少年だろうか…受け付けのスタッフに詰め寄っていた。少年に背負われた黒髪の子は意識がないのかグッタリと動かない。

ロビーに響くやりとりに担当者が口を開く。


「これで何件目になるか…あぁして駆け込みで来る方もいるのですが、とても受け入れなど出来る余裕はなくて…」

『この声…何処かで…』


嘆く彼女の言葉を耳にしつつ、リリィは何処か聞き覚えのある声に首を捻った。


「頼むよ!仲間なんだッ!」

『あっ!』


懸命に訴える声と共に、隙間からチラリと覗いた銀髪。


『キルアくん!』


その声と髪色にハッとしたリリィは、顔を確認する前に駆け寄り、声を掛けていた。それをポカンと眺める担当者に軽く会釈したヒソカがゆっくりと跡を追う。


「ん?えっ、リリィ!?何でこんなとこに…」

『臨時の仕事を頼まれて…』

「仕事と言うことはキミは病院関係者なのか?なら病院側に話を通して貰えないだろうか…仲間が死に掛けているんだ…」


驚くキルアにリリィが簡単に答えると、それを聞いた青年はキルアに背負われた子に視線を向け懇願した。


「いくらリリィでも、それは難しいと思うよ?」

「っ、お前はヒソカか!?どうしてお前がここに居る…!」


しかしリリィの後ろに立ったヒソカが口を開くと、青年は途端に顔色を変え殺気立つ。それに目を向けることなく、キルアが縋るように目の前の女性を見た。


「リリィ…ダメなのか?」

『うん…一昨日に隣町で爆発事故があってね…今は病院も飽和状態で、新規の患者さんには対応出来ないみたいなの…』

「そんな…」


申し訳無さそうに説明する彼女に、キルアの顔が青褪めていく。


「背中にいるのはゴンだろう?意識が無いように見えるけど、どうしたんだい?」

「……、…こいつ、オレを庇ってトカゲに咬まれたんだ…」


青年に睨まれながら問うヒソカに、話しても良いものかと悩みつつ口を開く。


『トカゲ?…キルアくん、ちょっといい?』


キルアの言葉を聞いたリリィは、断りを入れゴンをじっくりと見た。


『発熱と発汗…脈も早い……このタオルはキルアくんが?』

「あ、いや…それはレオリ…もう1人の仲間がやった。咬まれてすぐに毒の可能性があるからって吸い出して、毒の巡りが遅くなるようにってそれを巻いたんだ」

『なるほど…』


咬まれたであろうガーゼの貼られた右前腕と、その少し上に巻かれたタオル。完璧な応急処置にリリィは感心した。


『キルアくん、その子を連れて今すぐ私のお店に来て!毒なら私が何とか出来る…』

「え?ほん…」

「何を企んでいる!お前もヒソカの仲間なのだろう?信用出来る訳がないッ!」


本当か!?と言い掛けたキルアを青年が遮り、捲し立てるようにリリィを睨んだ。


『ッ、』

「…………」


急な大声に驚きビクリと肩を揺らす。瞬間、先程まで穏やかだったヒソカの空気がピシリと不穏なものに変わる。


『…ヒソカさん』


間に入ろうと一歩踏み出したヒソカを制したのは他でもないリリィだった。自分を真っ直ぐに見つめるルビー色の瞳。


「……はぁ、キミには敵わないなぁ」


その意図を汲み取ったヒソカは小さく息を吐くとにっこりと笑い、踏み出していた足を戻した。


『あなたとヒソカさんの間に何があるのかは知らない…けど目の前でヒソカさんを悪く言われるのは気分が悪いです…それに勘違いしないで下さい』


青年に向き直ったリリィが静かに語り掛ける。


『私は見ず知らずの人間を助けるほどお人好しじゃない…手を貸そうと思ったのは、キルアくんがその子を仲間だと言ったから……』

「!」


リリィの凛とした瞳に青年が押し黙る。


「クラピカ…リリィは大丈夫だよ。ヒソカだってリリィが居れば大人しくしてるはずだ…」

「キルア…」


俯く青年・クラピカを見上げる形でキルアが声を掛けた。


「ヒソカ、突っ掛かって悪かったな…」

「ボクは構わないよ」

「あなたにも不快な思いをさせて、済まなかった…頼む、ゴンを…助けて欲しい…」

『いえ、仲間想いなのは伝わりました…急ぎましょう、案内するのでついて来て下さい』


頭を下げるクラピカにリリィは微笑むと、足早に病院を出た。


「リリィ、おいで」

『?』

「急ぐんだろう?」


手招きしたヒソカはリリィを抱き上げる。自分が走って案内するよりも遥かに早いことを理解すると、大人しくヒソカの首に腕を回した。


「しっかりついて来いよ?」


キルアとクラピカにそう告げる。同時に地を蹴ったヒソカは民家の屋根に跳び乗ると、そのままリリィの店を目掛けて走り出した。










『ヒソカさんありがとう!キルアくん、その子をソファーに…』


店に着きヒソカに降ろされたリリィは、中に入るや否や小瓶とシリンジを手に、ゴンに駆け寄った。

赤が滲んだガーゼを取ると、傷口からジワジワと溢れる血…それを数滴、手のひらに垂らしペロリと舐めた。


「「!」」


それを見たキルアとクラピカはギョッとするも、ヒソカが大人しく見守っているのに気付き、互いに顔を見せる見合わせるだけに留めた。


『…ッ?』

「リリィ、どうかしたのかい?」


そんな中、困惑の表情を浮かべたリリィにヒソカが声を掛ける。


『……毒の濃度が低くて…分析しきれない…』

「どういう事だ?」

「彼女は念能力者なんだ。通常、自身の体内に取り込んだ物質から判断し、必要な薬品を創り出すんだが…」


首を傾げるクラピカにヒソカが補足する。


『分析できないほど微量の毒でこの症状…応急処置が無かったら、この子は…』

「もっと血を飲んでもダメなのか?」

『うん…濃度の問題だから、量を飲んでもね…』


呟くリリィに問うキルアだが、彼女の言葉にそっか…と力無く返した。


『でも、大丈夫!毒の成分が分かればいい話だから!』


そう言うとリリィは本棚へ向かい何冊かの図鑑を取り出した。


『ここまで強い毒を持ったトカゲなんて、世界中探しても5種類程度…この中のどれかだと思うの…』


分かる?と2人の前に開かれた数冊の図鑑。


「あ、クラピカ!これ!」

「あぁ、確かに似ているが…何か違うような…」


図鑑を見てすぐに反応を示した2人…しかし、何処か違和感を覚えるクラピカ。


『…見覚えがあるのなら、きっとこの子が咬まれたのはヒョウモンオニトカゲに間違いありません』


そう言い、リリィは2人が見るページに載るトカゲを指す。


『ただ、ヒョウモンオニトカゲはその色や雌雄…個体によって毒の成分が変わってくる…だから』


そして、すぐに別の本を数冊取り出すとキルアとクラピカに渡した。


『2人はその本の中から、出来るだけ似た特徴のトカゲを探して下さい…それをベースに解毒剤を創ります』


キルアが本を開くと、中にはヒョウモンオニトカゲと思われる写真が並んでいた。しかし、どれも鱗の模様や微妙な色の違いなどがあり、同じものは居ない。


「こんな本からチマチマ探してたら、その間にゴンが…!」

『大丈夫、私が時間を稼ぐから……』

「クラピカも何か、」


どれも目を凝らさねば分からないような差の写真ばかりで焦りを覚えるキルア…ふとクラピカに目を向けると、静かに本のページを捲っていた。


「キルア…ゴンのことは彼女に任せて、私達は私達の出来ることをしよう」


本から目を離すことなく宥めるように言ったクラピカに、キルアは小さく頷くとその隣に座り本を開いた。


『……ヒソカさん手伝って貰えますか?』

「もちろん」

『毒の巡りを遅らせる為に少し体を冷やすので、氷枕をお願いします…』

「分かった」


ヒソカと共にテキパキと動き始めるリリィ。


「氷枕は頭でいいの?」

『はい、後頭部よりも首の後ろを冷やすようにお願いします』

「……それは?」

『補液をすることで血中の毒を薄めるんです…発汗もあるから、脱水の危険もあるし…』


指示通り枕を置いたヒソカは、点滴の用意をするリリィに首を傾げた。


『ヒソカさん、その子の左手がグーになるように軽く握っていて下さい…親指は中に…そう、ありがとう…』


ゴンの左腕にバンドを巻くと、手袋を装着し血管を探す。消毒用の脱脂綿で軽く拭き針を刺した。


『これでよし…』

「へぇ…こう言うことも出来るんだ?」


感心するヒソカを他所に、滴下速度を調節したリリィは心配そうにゴンを見る。


『こんな事しか出来ません…毒の成分が分からない以上、私には……』

「なんて顔してるんだい?リリィは良くやってるさ…リリィが居なかったら、キルア達は今頃まだあの病院で声を荒らげているだけだった…」


悔しそうに呟く彼女の頭に、ヒソカがポンと手を乗せた。


「これ、似てないか?」

「んー…色は似てるが、尻尾はもっと長くなかったか?」

「あぁ、確かに…ならこっちの方が…あー、でも…」



バンッーーー!!



手元の本を真剣に眺める2人を見守っていると、乱暴にお店のドアが開かれた。


「キルア!クラピカ!いるか!?」

「「レオリオ!」」


サングラスを掛けたスーツの男は入店早々に叫ぶ。驚いたリリィは咄嗟にヒソカの腕を掴み後ろに隠れるが、2人の反応に彼がもう1人の仲間だと理解すると、そっと顔を覗かせ様子を見た。


「お前ら!連絡くらいしろよな!」

「済まない、すっかり忘れていた…」

「悪ぃ…忘れてた…」

「お前ら揃いも揃って…!あ、それよりゴンは!?」


謝る2人に目を釣り上げるレオリオだったが、仲間の安否を思い出しキョロキョロと辺りを見回した。


「ん?点滴?こりゃ一体…」

『あの…この子が咬まれたトカゲはヒョウモンオニトカゲと言って…』


リリィは声の大きいレオリオに怯えながらも、トカゲの毒についてや、ここまでの経緯を説明した。


『これは2人が本の中から似たトカゲを見付けるまでの処置です…体温の上昇を抑えて毒の巡りを遅らせ、補液で毒を薄めています』

「なるほどな…本から探すって言ってたが、要はゴンを咬んだトカゲが特定出来ればいいんだよな?」

『…はい』


そう言うとレオリオは手に持っていたトランクを開け、中からビニール袋を出した。


『?』

「ゴンを咬んだ瞬間、仕留めちまったから役に立つか分からねぇが、一応持ってきたんだ…」


結んである袋を開き、中身を取り出しながら言う。


『!…それ、もしかして…』

「そうだ…ゴンを咬んだ個体だ!死んでっけど使えるか?」


姿を現したのは一匹のトカゲ…30センチ程のそれは紫色の鱗を纏い、頭部にはナイフの刺さった跡がある。


『問題ありません!』


トカゲを受け取ったリリィは、それを引っ繰り返し観察を始めた。


『ヒョウモンオニトカゲは多種との交配も可能な為、個体により違う毒を生成しますが幸いなことに体内の構造はどれも同じなんです…』


柔らかな腹部を軽く押し、また位置を変える。本でトカゲを探していたキルアとクラピカを含めたその場の全員がリリィを注視していた。


『毒袋は胃の少し下…やや左側の…この辺かな…』


小さく独り言のように話すと、リリィはレオリオを見た。


『これ…傷つけてしまっても大丈夫ですか?』

「あぁ、構わないぜ?ゴンが助かるなら好きにしてくれ」

『分かりました』


切開して毒を取り出すのだろう…誰しもそう思っていた瞬間だった…


『………っ』


持っていたトカゲを顔の高さまで上げると、徐にその腹部に咬み付いた。ボタボタと垂れる赤い液体と、それとは別の透明な液体が床を汚す。


「「「!?」」」

「おいアンタ!それには毒がっ!」

「落ち着けってレオリオ!リリィは大丈夫なんだ…」

「大丈夫な訳あるか!?ゴンが死に掛けるような毒だぞ!」

「オレと同じで毒が効かない体質なんだよ!で、解毒剤を創るには毒を取り込む必要があるんだと…!」


慌てふためくレオリオをキルアが止める。驚く彼等など意に介さず、リリィは溢れ出てくる毒を血液もろとも口に含み、喉に流した。


『………』


ゆっくりと口を離したリリィからゆらりと立ち上るオーラ…それに気付いたヒソカは見ていたスマホをしまいカウンターに置き去りにされていた小瓶を取り彼女に差し出す。


『…ありがとう』

「それも預かろう」


小瓶を渡すと同時にトカゲを受け取ったヒソカ。彼女は血の滴る口元をそのままに小さくお礼を言うと、両手で小瓶を包み込み能力を発動させた。



毒を制する者(ヴェノム・クリエイション)



取り込んだ毒を分析し、手に集めたオーラを解毒剤へと変換していく。



液体化(ヒュグロン)



リリィの手の中で小瓶が液体で満たされていく。


『出来た…』

「それが解毒剤…なのか?」

『うん、原液の毒を取り込んで創ってるから、効くのも早いよ…』


製薬を終えた彼女に近付いたキルアが、まじまじと小瓶を見る。それを尻目にヒソカは給湯室へと消えた。


『さぁ早く打たないと…』

「点滴外して、これを打ちゃあ良いんだな?」


カウンターからシリンジを取ったリリィの後ろにレオリオが立った。


「…効かねぇとは言え毒を飲んだんだ…嬢ちゃんは少し休んでてくれ…」

『…ぁ、』


仲間と為にありがとな…そう笑いリリィの手から解毒剤とシリンジをそっと取る。

薬品の投薬など素人が出来ることではない。そう思い声を出そうとしたが…



『発熱と発汗…脈も弱い……このタオルはキルアくんが?』

「あ、いや…それはレオリ…もう1人の仲間がやった。咬まれてすぐに毒の可能性があるからって吸い出して、毒の巡りが遅くなるようにってそれを巻いたんだ」

『なるほど…』




ふと、キルアとの会話を思い出し止めた。

キルアの言っていたもう1人の仲間が今いるレオリオであり、彼には医療的知識があるのだと理解したからだ…


『お願いします、その子の身体の大きさなら0.3mlもあれば十分かと…』

「おう!」


手早く点滴を外し、解毒剤を投薬するレオリオ。


「リリィ」


そんな様子をぼんやりと眺めていたリリィをヒソカが呼んだ。


『?』

「お湯を張ったから洗っておいで?固まると取りにくくなるよ」


そう言い、自身の口元を指差すヒソカに、リリィはハッとしたように口元を押さえる。


『すみません、そうします…』


そのまま恥じらうように給湯室へ入って行った。


「レオリオ、ゴンの様子はどうだ?」

「あぁ…スゲェ薬だ……投与から30秒程だが脈拍が落ち着き始めた…」

「……良かったぁ…」


シリンジを置きゴンの手首に触れたレオリオと、それを後ろから覗き込むクラピカ。感心する彼の返答にキルアが安堵の息を漏らし、その場に座り込んだ。


「これは返しておくよ」

「ん?あぁ…………ってお前!ヒソカか!?何でこんなとこに…」


ビニール袋に入れたトカゲをレオリオに渡すヒソカ。受け取った拍子にその顔を見たレオリオは、いつもとは違うノーメイクの彼を凝視して数秒、上ずった声で叫んだ。


「今頃かよ…」

「不本意だが分かるぞ、レオリオ……不本意だが…」

「クラピカ、てめぇ!不本意ってどう言う意味だコラ!」


ケラケラ笑うキルアと、腕を組み苦い顔をするクラピカ…その態度にレオリオが突っ掛かる。


『顔色が良くなってる…効いたみたいで良かった』


そんなやり取りの後ろでは、給湯室から戻ったリリィがゴンの顔を覗き込んでいた。


「リリィ、その…ありがとう…本当に……」

『ふふ、キルアくんの大切なお友達だもん…助けるに決まってる』


それを真似るように近付いたキルアがお礼の言葉を述べると、リリィは振り返り彼の柔らかな銀髪に優しく触れた。


『薬も効いてるみたいだし、この様子ならあと1時間もせずに目を覚ますよ…それまでゆっくりして行って』


飲み物淹れてくるね…と再び給湯室へ向かうリリィ。途中、彼女に呼ばれたヒソカも同じくドアの向こうへ入って行った。

10分ほどして戻って来た2人。ヒソカの手には人数分のマグカップが乗ったトレイ。


『クラピカさんとレオリオさんも、どうぞ休んでください』


ゴンが眠るソファーの横に座るキルア。彼の前にマグカップを置くと、立ったまま啀み合う2人にも声を掛けた。


「これは?」

『リペの実やクレヴの葉で作ったハーブティーです、疲労回復に効果的なので』

「ありがとう…良い香りだな…」


苦手でなければどうぞ…と置かれたマグカップを手に取ったクラピカは、鼻を掠めた甘い香りに目を細めた。


「随分とシャレたもんを……美味ェなこれ…!?リペの実って言や、渋くて食えたもんじゃねぇのにな?」

『…リペの実は乾燥させて粉末にすることで細胞壁が壊れて、生のままでは味わえない甘みが出ます』


リリィはグビグビと飲み干したレオリオにおかわりを淹れながら説明をする。


『ハーブティーも国によっては薬ですからね』


ヒソカの隣に座った彼女も自身のマグカップに手を伸ばした。










「……ん、」


30分ほど経っただろうか…小さく聞こえたくぐもった声に、他愛もない会話をしていた一同は視線を向けた。


「ゴン!気が付いたか?」

「体調はどうだ?」

「熱は引いたみたいだな…吐き気とかは無ぇか?」


ゆっくりと目を開けたゴンにキルアとクラピカが詰め寄り、レオリオが軽い診察を行う。

彼等の質問に答えずパチパチと数回瞬きをしたゴンは、意識を失う前の記憶を思い出し、ハッとしたように仲間の1人を見た。


「っ!キルア!怪我はない!?」


心配そうな眼差しを向けるゴンに安堵すると同時に沸々と湧き上がる怒り…


「無ぇよ!バカ!」


ゴンの頭に振り下ろされたキルアの手はペシッと小気味良い音を響かせる。


「いったぁー!何で殴るんだよ!」

「うるせぇ!人の気も知らねぇで!」

「うっ、キルア!ギブ、ギブッ!」


不服そうな声を上げるゴンの首に腕を回し、後ろから締め上げる。


『キルアくん…怒るのも分かるけど、まだ病み上がりだからね…今はその辺で……』

「…チッ…」


それまで見守っていたリリィが声を掛けると仕方ない…とでも言いたげにその手を離した。急な解放感にケホケホと咽るゴンの前にリリィが屈む。


『毒は中和されたと思うけど、気分はどう?寒気や倦怠感は無い?』

「うん、特に何とも……」


答えながらリリィに目を向けたゴンは、彼女を視界に収めるとそのままジッと見つめた。


『なに?』

「お姉さん、もしかしてリリィさん?」

『あら?私のこと知ってるの?』

「やっぱり!」


視線を感じたリリィが首を傾げると、ゴンは嬉しそうに笑った。


「前にキルアが言ってたんだ!“リリィって言う少し変わってるけど凄く優しい人がいる”って」

『まぁ、それは嬉しい』

「それにすっごくかわ、むっ…」

「ゴン!余計なこと言うなよ!ハズいだろ!?」


にっこりと微笑みチラリとキルアを見るリリィ。更に言葉を続けるゴンに、その先を言わせてなるものかと慌てて口を塞いだ。


「………」

「っ、リリィはお前の命の恩人だぞ!リリィが居なかったら、お前は死んでたんだからな…!」


キルアはヒソカからのネットリとした視線を背中に受けながらも、それに気付かない振りをしてゴンを見る。


「全くだぜ…気を付けろよなぁ…今回は助かったから良いけどよぉ」

「ゴンはもう少し、あと先考えて行動すべきだ…」

「う、はい…ごめんなさい…」


レオリオとクラピカからの静かな説教に縮こまるゴン。その輪から抜け出しソファーでクッキーを食べるキルアは、いい気味だと笑っている。










「どうぞ」

「ありがとう…ヒソカ、だよね?」

「別人に見えるかい?」

「や、何て言うか…いつもと違うなって…」


やがて説教も終わり、自分の前にハーブティーを置いた男を見て、ゴンは僅かに首を傾げた。


『髪を下ろしてるからかな?』

「そうじゃなくて…雰囲気が、いつもより穏やか、と言うか…」

「ボクはいつも穏やかだよ」


ニッコリと笑ったヒソカにリリィ以外の4人が固まった。そんな様子に失礼しちゃうねと口を尖らせる。


「もう暗くなるな…そろそろホテルへ戻ろう。明日は依頼人に会わなくてはならない」

『ボードリアにはお仕事でいらしてたんですね』


ふと外を見たクラピカが日の沈み始めた空を見て席を立った。


「そ!植物探しの依頼なんだ!」

「早めに着いたから、ホテルのチェックインまで時間もあるし、下見でもって思って森に入ったんだが…なぁ?」

「…ア、アハハ…」


ピョンとソファーから降りたキルアに続け、レオリオも立ち上がる。ニヤニヤしながら小突いて来た彼にゴンは苦笑いを浮かべていた。


『明日も森に入るなら、今度はちゃんと気をつけてね?』

「はーい!リリィさん、ありがとう!」

「世話になった…」

「今度、飯でも行こうぜ!」

「またな!」


店を出る4人に手を振り、見送るリリィ。静かに後ろにいたヒソカは、彼女が店の中に入ったのを確認するとサッと鍵を締めた。


『?…ヒソカさん?』

「大変な休日だったね?」


テーブルのカップを下げようとしていたリリィは背後から回された腕にその持ち主を見上げた。


『ですね…色々手伝わせちゃって、すみませんでした』

「良いんだよ…いつもと違うリリィも見れたし、ボクとしては満足さ」

『?』

「ほら、ボク達も上に戻って夕食にしよう?それとも何処か食べに行くかい?」


満足そうに笑うヒソカに何のことかと口を開こうとするも、別の選択肢を出された為、意識はそちらに向く。


『あ、えっと…今日はパスタにするんです!』

「そう?じゃあボクはこれを片したら行くから、先に行ってお湯を沸かしておいてくれる?」

『っ、はい!』


ヒソカは彼女の額に触れるだけの口付けを落とすと、リリィは照れながらもその腕から抜け出し、上へ向かった。

その後ろ姿を眺めつつ、ヒソカは自身のスマホを取り出しアルバムを開く。


「………」


一番上にある写真をタップし、表示されたそれに目を細めた。

そこに写るのはトカゲに齧り付いた直後のリリィ。あまりにも唐突だった為、慌ててサイレントカメラを起動させたものの、シャッターを押した時には既にトカゲから口を離していたのだ。

とは言え…普段おっとりしている彼女が、ゲテモノに食らいつき、その口元を赤く染めている姿は、ヒソカに何とも形容し難いざわめきを与えた。


「クク、本当に目が離せないなぁ…」


うっとりと眺めること数秒…上から聞こえたリリィの足音にそっと画面を閉じた。


「こっちもやるか…」


乾きかけのマグカップをトレイに乗せ給湯室へ運ぶ。早く終わらせて本物に触れよう…そう思い立ちヒソカはスポンジを泡立てた。
 
 

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