初めての海

 
 
晴れ渡る空と夏の日差し…心地よく吹き抜ける風を感じつつ、リリィは初めての光景に目を輝かせていた。


『これが海…すごい、綺麗!』

「喜んでもらえて良かった」


クロロの誘いで海へやって来たリリィ。しかし、2人切りの筈もなく…


「はしゃいじゃって可愛いなぁ」

「人多くない?目障りなんだけど…」


当然の如く着いて来たヒソカと何処で嗅ぎ付けたのかイルミも一緒だ。

既に着替えや場所の確保も済ませ、漸く海を目の当たりにしたリリィ。子供のようにはしゃぐ彼女はいつもは下ろしている髪を高い位置で結んでいた。

そんなリリィを微笑ましく見守る3人の男はすぐ側のビーチパラソルの下に座っている。


『あ、思ったより冷たくない…わ!塩辛い!』


波打ち際に足を浸し、海に触れるリリィ。海水で濡れた手にチロリと舌を滑らせ、嬉しそうに笑った。


「リリィ、海に入るならそれは脱がないと、濡れちゃうよ?」

『あ、そっか…』


ザブザブと沖へ向かい始めたリリィにヒソカが声を掛ける。水着の上からパーカーを羽織っていた彼女は、ヒソカに言われハッとすると、砂浜へ戻った。


「リリィったら子供みたいで可愛いな」

『すみません、1人ではしゃいじゃって…皆さんは入らないんですか?』

「ボクは入るよ?折角来たんだから楽しまないとね」

「オレはここから見てるよ」

「オレもまだいい…パーカー持っててあげるから、遊んでおいで?」

『はい!』


ケラケラと笑うクロロにリリィがはにかみながら尋ねる。それに対し立ち上がったのはヒソカだけで、イルミとクロロは暑さのせいか首を振った。

クロロの提案に頷き、パーカーを脱いだリリィは、簡単に畳んだそれをお願いしますと手渡した。


「「………」」


細く括れた腰とは裏腹に女性特有の丸みを帯びた豊満な曲線…加え、白と淡い紫の花があしらわれたホルターネックの水着。

パーカーの下から姿を現した白い肌にクロロとイルミは目を奪われた。尚、家で着て見せている為、ヒソカにとっては2回目だったりする。


『あの…やっぱり…変、ですか…?』


数日前にマチと買い物へ行き、彼女に選んでもらったこの水着。普段、あまり肌を出す事のないリリィは似合わないのでは…と不安を漏らすも、大丈夫と押し切られたのだ。


「そんな事ないよ…2人ともリリィが可愛くて言葉が出ないのさ…」


リリィの不安げな声にヒソカは彼女の肩に手を置き、にっこりと笑う。


「とても良く似合ってるよ。やはりリリィは美しいな…」

「うん、普段の服も可愛いけど…たまにはこう言うのもいいね」

『っ、え、そんな…は、恥ずかしい……でも、』


我に返り真顔で褒める2人に恥ずかしくなり、リリィは顔を背ける。


『…ッ、あ…ありがとう、ございます…』


赤くなった頬を隠すように口元を手で覆い、視線を逸らしながらも、小声で紡がれた声に3人はまた目を細めた。










沖の方で遊泳するヒソカとリリィ。


「ほら、足を動かさないと沈んじゃうよ?」

『わ、難しい!あ、ヒソカさん離さないで下さいね!』


とは言っても泳いでいるのはリリィだけで、ヒソカは彼女の手を掴んでゆっくりと引っ張っているだけ…

ヒソカの胸程の水位がある為、リリィが足を付けば顔まで海水に浸かってしまう。溺れないよう必死な彼女にヒソカはとても楽しそうだ。

一方、ビーチにいるクロロとイルミは、そんな2人を眺めていた。


「リリィ、泳げなかったんだな…」

「ホント可愛いよね…」



―どうやって泳ぐんですか!?どう足掻いても、沈むんですけど…!?―



「初めての海にあんなに興奮してたのに、泳ぎ方すら知らないなんて…」


30分程前のリリィの台詞を思い出し、イルミが小さく笑う。


「リリィのことになるとお前は表情が変わるよな…普段は能面みたいにピクリとも笑わない癖に…」

「まぁ気に入ってるからね…オレはまだ諦めてないしさ…」

「へぇ…奇遇だな…オレも……ん?」


リリィに目を向けながら話す2人に横から影が被さる。


「お兄さん達、2人で来たんですか?」

「良かったら、私達と遊びません?」


先に気付いたクロロが顔を上げれば、2人組の女性が立っていた。


「良くないし、連れがいる…」

「悪いね、他を当たってくれる?」


視線すら合わせず冷たく言い放つイルミと、よそ行きの笑顔で断るクロロ。実の所、声を掛けられるのはこれで3度目…。


『2人共モテモテですね』


詰まらなそうに去って行く女性達と入れ替わりにリリィが戻って来た。


「好きでもない女性にモテてもね…」


彼女の言葉に困り顔のクロロ。


「少しか泳げるようになったの?」

『5mくらいなら泳げるようになりました!』

「沈みながらだけどね」

『何で言っちゃうんですか…!』


タオルを渡しながら聞くイルミに、受け取ったリリィははい!と元気に頷く。その後ろから茶々を入れるヒソカに、リリィは恥ずかしそうに抗議した。


「リリィが海の家に行ってみたいんだって…そろそろお昼だし、何か食べに行こうよ」

「海の家か…そう言えば向こうにそんなのがあったな…」


そんな彼女をまぁまぁと宥めながら、ヒソカはビーチに戻った理由を2人に告げる。彼等がリリィが希望を蔑ろにする筈も無く、二つ返事で首を縦に振った。










人が多い為、縦に並び人の間を通り抜けていく。3人共、背が高いから見失うこともない。


『ッ!?』

「ママ!!」


そんな油断がいけなかったのか、横から出て来た何かが私の足に飛び付く。バランスを崩した私はその場に尻餅を付いた。

舞った砂から目を守る為に咄嗟に閉じた瞼をゆっくり開ければ…


「ぁ、」


私の足に掴まったまま、呆然と見上げる小さな男の子と目が合った。


『大丈夫?痛くなかった?』

「うん…ごめんなさい…」


その子の髪に付いた砂を軽く払い聞けば、弱々しく頭を下げる…“ママ”って言ってたから、きっと迷子なんだ。

チラリと辺りを見渡すもヒソカさんは疎か、クロロさんとイルミさんの姿も見えない。完全に逸れてしまった。1番後ろを歩いていたから、居なくなった事にも気付いていないかも…

携帯はパーカーのポケットの中だし、そのパーカーはクロロさんに預けっ放しだ…連絡の手段がない。


『ママと逸れちゃった?』

「…うん」


今にも泣き出しそうな顔で俯く男の子。知らない人が沢山いる中、1人ぼっちは心細いよね…


『実はね、私も迷子なんだ…』

「お姉ちゃんも?」

『うん、だから良かったら一緒に探さない?』


1人じゃ寂しくて…と言えば、男の子は嬉しそうに笑った。










『ユタくんのママはどんな人?』

「綺麗で優しいママ!」

『そっかぁ、自慢のママなんだね』

「うん!」


手を繋ぎ、他愛ない話をしながら、男の子の母親を探す。聞けば、ブラウンのショートヘアで背は私よりも高いとのこと。

なら何故、私と母親を間違えたのかと思えば、履いていたサンダルが同じだったらしい…なるほど、確かに子供の目線じゃ足元で判断せざるを得ない。


『この子のお母さんを探してて…』

「私達、ずっとここに居たけど…」

「この子もこの子の母親も見掛けてないわ…ごめんなさいね…」

『いいえ、ありがとうございました…!』


ビーチで寛ぐ親子や露店の人に聞きながら歩くも、これと言った情報も入らず…

途中、迷子センターがあったけど、混んでいて待ち時間が凄かったので寄らなかった。黙って並んでいるより、探した方が早い。


「キミ、この子のお母さん探してるんだって?」

「オレ等、さっき見たよ。子供探してる女の人…」

「まだいるか分からないけど、案内してあげるよ、おいで?」


ユタくんが疲れ気味だったから、少し休憩しようとビーチの日陰に腰を下ろしていると、声を掛けられた。見上げれば2人の若い男性。彼等は人の良い笑みを浮かべ、少し離れた岩場を指す。


『本当ですか?ありがとうございます!ユタくん、少し歩くけど大丈夫?』

「うん…!」

「いいよ、オレが抱っこしててあげる」


男性の1人がそう言いユタくんを抱き上げた。


「ボク歩けるよ?」

「疲れたから休んでたんでしょ?子供が遠慮なんてしなくて良いんだよ」


困惑気味のユタくんに、男の人が笑い掛ける。すごい観察力だなぁ…と感心しながら、私は促されるまま足を進めた。


『え?誰もいない…』


しかし、言われた岩場にはユタくんの母親どころか人っ子一人いない。


『あの…本当にここで…』


見たんですか?と振り返れば、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる2人。


「不用心だねェ…男2人にノコノコ着いて来ちゃってさァ…」

『嘘を吐いたんですか…?』

「言ったでしょ?“まだいるか分からない”って…」

「子供探してる女を見たのは本当だよ…迷子なんて沢山いるしなァ?」


騙されたんだ…初めから人気のない岩場へ連れて来るのが目的…


『…ユタくんの母親がここにいないなら、別の場所を探します、行こうユタく…』

「ツレねェこと言うなよ、ちょっと遊ぼうぜ?」


さっさとこの場を離れようとするも、パシリと腕を掴まれ、そのまま組み敷かれた。


『いやッ、離して…!』

「お姉ちゃん!」

「ガキは大人しくして………いってぇッ!!こいつ噛みやがった…!」


抵抗する私にユタくんが声を上げるも、男性に抱き上げられたままだ。しかし、逃がすまいと力を込める男性の手に噛み付き、その腕から逃れる。


「あ?何やって……」

「お姉ちゃんを離せ!」

「っ、」


私に馬乗りになり抑える男性はもう1人の声に振り返る。同時にすぐそこまで迫っていたユタくんに突き飛ばされた。

しかし、油断していたとは言え、幼い子供の力…私は解放されたものの悪い状況は変わらない。


「このガキ…」

「あっち行け!お姉ちゃんをイジメるな!」


大の大人2人を前に、両腕をいっぱいに広げ、私を庇おうとする小さな背中。

どうしたらいい?念を使おうにも私の能力では、どうあってもユタくんを巻き込んでしまう。


「このクソガキがっ!」

「ふざけやがって…!!」

『ユタくん!』


そうこう考えている内に、激昂した男性が手を振り上げた…私は咄嗟にユタくんの腕を引き、思い切り抱き締め、来るであろう衝撃に備えた。


「キミ達こそ、ふざけるなよ…?」

『!!』


しかし、予想した衝撃は来ず…代わりに落ち着き払った、それでいて確かな怒りを含んだ低い声が耳に届く。

顔を上げれば、男性2人の首を掴み持ち上げるヒソカさんの姿…奥からイルミさんが歩いて来るのも見える。


「ヒソカ、気持ちは分かるけど殺しちゃダメだよ…ケーサツ来るんだから…」

「チッ…」


イルミさんに言われ、不満げに舌を打つヒソカさん。パッと手を離すと、男性達はその場に倒れ咳き込む。


「リリィ、怪我は無い?」

『ヒソカさんが来てくれたので…』

「………」


ペタペタと私に触れ安否確認をしてくるヒソカさんに、大丈夫ですよと頷く。そんなやり取りをきょとんと見上げるユタくん。


「見てたよ…リリィを守ってくれて、ありがとう…」

「ボクは男だから、女の人を守るのは当たり前なんだよ!」


ヒソカさんはユタくんを見ると、ニッコリと笑って、その頭を優しく撫でた。


「リリィ。はい、コレ着といて…」

『ありがとうございます…あの…クロロさんは?』

「あぁ、クロロなら…」

「お巡りさーん、こっちです!」


ヒソカさんとユタくんのやり取りを眺めていれば、イルミさんが肩にパーカーを掛けてくれた。それに腕を通しながらもう1人の行方を尋ねれば、タイミング良くその姿を見せたクロロさん。


「ケーサツを呼びに行ってた…」

『え、大丈夫なんですか…!?』


幻影旅団の団長ともあろう人が、警察を連れて来た…異様な光景に驚く。

その後、婦女暴行などの疑いで連れて行かれた2人。私も軽く状況を聞かれたりしたけど、10分程で済んだ。

そのまま5人で海の家に向かいビーチを歩く。


「よく見えるだろう?ママが見えたら教えてね?」

「うん!」


ユタくんはヒソカさんに肩車されご機嫌だ。私は迷子防止にとクロロさんとイルミさんに挟まれている。


「リリィがいないと分かった時は、どうなる事かと思ったけど…無事で良かったよ」

『ご心配をお掛けして……あれ?何で場所分かったんですか?』

「オーラだよ…人混みじゃ分かりにくかったけど、少し離れた位置だったから、見付けやすかった」


クロロさんの言葉に謝りながら、ふと疑問に思ったことを口にすれば、その答えはイルミさんから帰って来た。

なるほど、あの岩場に行っていなければ、今頃もユタくんとビーチを彷徨っていたわけだ…。


『良かった…』

「ユター!」

「あ!ママだ!ママー!」


私が小さく呟いたのと時を同じくして、女性の声が聞こえた。聞き覚えのある名前を呼ぶ女性にユタくんが満面の笑みで手を振る。

駆け寄ってくる女性はユタくんから聞いていた特徴と一致している…間違いなくユタくんのお母さんだろう。


「すみません!ウチの子がご迷惑を!」


ヒソカさんの肩から下ろしてもらうと、一目散にお母さんに抱き着くユタくん。それをしっかりと受け止めた女性は深々と頭を下げる。


「迷惑だなんて…彼は立派ですよ。ボクの大切な女性を守ってくれた」

『ユタくん、良かったね!』

「お姉ちゃん!ありがとう!」


ニコニコと対応するヒソカさんが言葉と共にこちらを見る。それに笑い返し、ユタくんに声を掛けた。


「本当にお世話になりました」


別れ際、お姉ちゃんと呼ばれ目線を合わせるようにしゃがんだ。


「お姉ちゃんは可愛いから、気を付けてね!」


どうしたの?と聞けば、子供とは思えない言葉と共に、頬に小さな唇が押し当てられたのが分かった。


「またね!」


頬にキスし満足そうに笑うと、また母親の隣へ戻った。母親に手を引かれながら、無邪気に手を振るユタくんを見送り、私達も当初の目的である海の家へと向かった。










帰りの電車内…

つい数分前まで、初めての海の感想を楽しそうに話していたリリィ。しかし、今はヒソカの肩に頭を預け寝息を立てている。


「寝ちゃった…疲れてたみたいだね」

「まぁ、色々あったしね」


リリィの髪を撫でるヒソカ。対面に座るイルミがその寝顔を覗き込む。


「奴等はどうする?」

「あぁ、例の?もう身元は分かってるんでしょ…オレの方で始末しておこうか?」


スマホを見ていたクロロの言葉にコテンと首を傾げるイルミ。彼等の言う“奴等”とはリリィを襲おうとした2人組の事だ。


「…彼等の始末はボクがつける…キミ達は手を出さないでくれ…」

「分かった」


イルミにどうする?と聞かれたヒソカは静かに首を振る。


「くれぐれも彼女にバレないようにな…」

「勿論さ…」


ヒソカは念を押すクロロに短くを返すと…


「彼等の末路なんて、リリィは知らなくていいからね…」


柔らかい笑みを浮かべ、眠る彼女を抱き寄せた。










〜オマケ〜

クロロ「目の前でイチャ付くのは止めろ…」

イルミ「確かに…なんかムカつく…」

ヒソカ「嫉妬かい?」

クロロとイルミ「「(ムカッ)」」←殺気

『…ん、(ぁ、寝ちゃってた…え、何でこんな険悪な空気に…!?)』

ヒソカ「おや、起きたのかい?」

クロロ「疲れてたんだね…」

イルミ「少しか休めた?」

『えと、はい…大丈夫です…(あれ?普通に戻った?気のせい?)』


リリィの前では平和にやり過ごす2人。



top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -