バレンタイン大作戦
ここ数日…リリィが何か熱心に調べものをしている。手伝おうか?と聞けば、大丈夫です!と返ってくる…そんなやり取りを繰り返して早2日…
明日はリリィの店も休み。バレンタインと言う事もあり、以前彼女が行きたいとボヤいていたスイーツビュッフェへ行く予定だった、なのに…
「ボク明日は丸1日仕事が入っちゃったんだ…帰りは20時くらいになるかな…」
『え、そうなんですか…』
ボクの急な仕事にいつもなら寂しそうに笑いながら、仕方無いですね…と言ってくれるリリィ。しかし、何故か今日は嬉しさを滲ませながら、分かりましたと頷いた。
ボクと居られないのに、どうして嬉しそうなのだろう…まさか、考えたくはないが、ボク以外にバレンタインを過ごしたい人物がいるのだろうか?
もしそんな奴がいるのであれば、殺したい。しかし、そんな事をすれば悲しむのはリリィだ。
「ハァ…」
「いい加減にしてくれる?」
何度目とも知れない溜め息に隣にいたイルミがヒソカの眼球に自身の鋲を突き付けた。
「元はと言えばキミのせいじゃないか…」
それを軽く睨みながらも、トランプを持つ指先はイルミの首に添えられている。
「は?何の話?」
「本気で言ってる?」
ピシリと僅かに空気が変わるも、2人の矛先は各々の背後に迫っていた敵に向けられた。
「バレンタインに仕事手伝わせるなんて酷くないかい?しかも…」
「…ぐッ!?」
「大陸を跨ぐような僻地でこんな弱い奴等を相手に…だなんて…」
「仕事手伝うから、スイーツビュッフェのチケット取り寄せてくれって言ったのは…」
「ガハッ…」
「何処の誰だっけ?」
敵に目も向けずに会話を続けたまま、裏拳の要領で始末した2人。
「今日は存分にリリィをもてなすつもりだったのに…」
イルミに図星を突かれ、うっと押し黙るも、今日じゃなくても良かったろう…といじけるヒソカ。
「今日が良かったんだよ」
「リリィがボクから離れたら、どうしてくれるんだい?」
「あー、それは大丈夫でしょ?まぁもしそうなったらオレが貰ってあげるよ」
「え、ボクを?」
「は?リリィに決まってるでしょ」
「あっそ…」
興味無さげに言い捨て、わらわらと集まって来た敵を八つ当たりの如く、血に染め上げて行った。
ボクがリリィの元へ戻った頃には21時を過ぎていた。
『ヒソカさん、おかえりなさい!』
「あぁ、ただいま…」
いつもと変わらない笑顔で迎えてくれるリリィ。彼女は今日1日何をして過ごしていたのだろう。遅めの夕食を2人で食べながら、尋ねれば買い物に行っていたと言う。
『…ヒソカさん』
買い物はいつも一緒に行っている。果たして何か足りないものでもあっただろうか…食後、そんな事を考えていれば、不意に名を呼ばれた。
「なんだい?」
『コレ…』
「?」
リリィの手には小さな包み。彼女は綺麗にラッピングされたそれを差し出す。
「開けても?」
『え、ぁ…はい、どうぞ…』
受け取ったボクは何処か緊張気味のリリィに尋ね、彼女が首を縦に振ったのを確認しリボンを解いた。
「これは…チョコ…?」
中から出て来たのはこれまた可愛らしい箱。蓋を開ければ、丸い小さな粒が6つ綺麗に並んでいた。
『バレンタイン、なので…』
どうして?と視線を向ければ、恥ずかしそうに視線を逸らすリリィが呟いた。
『ジャポン式バレンタインは女性が好きな男性に手作りのチョコを贈り、想いを伝えるって、マチに…聞いて…』
「へェ?"好きな男性に"ねぇ…?」
尻窄みに声が小さくなっていくリリィ。しかし、それとは裏腹にボクは隠すことなく頬を緩ませる。
そして全てを理解した。リリィが熱心に調べていたのはチョコのレシピ。
ボクの不在を喜んだのは、こっそりとチョコ作りに勤しむ為。
―今日が良かったんだよ―あの言葉。恐らくイルミも協力者…しかし、リリィには知らされず、彼女の知らない所で何名かが動いていたらしい。
マチとイルミに直接的な接点が無いことを考えると、間にクロロもいたのだろう。
なるほど、あの寂しさは今この瞬間の喜びを高める為のスパイスだったと言う訳か…
「リリィ、ありがとう」
胸に込み上げる彼女への愛しさに、その小柄な身体を抱き締める。
『ヒソカさん、大好きです…』
「ボクもだよ」
リリィもそれに応じるように、キュッとボクの服を握ると胸板に額を預けた。
『へぇ…好きな人にチョコかぁ…ビックリさせたいけど、ヒソカさん常に私の側にいるから、サプライズは無理かなぁ…』残念そうに笑うリリィを見たマチは、クロロに相談をした。
「何とかしてやれないかな?」
「…そうだな。1人心当たりがある…」
それを聞いたクロロがイルミに連絡。
「…と言うことなんだが、14日にヒソカを連れ出せないか?」
「ふーん…いいよ。リリィの為だしね」
了承したイルミがヒソカへ手伝いを要請。チケットの依頼をしていたヒソカは断れずに応じた…と言うのが事の全貌だ。
ヒソカの予想は当たっていた。
「まったくキミは…ホントに愛されてるんだから…」
自身の腕の中で幸せそうに寝息を立てるリリィに視線を落とすヒソカ。
「そんなキミに愛されているボクは、その上無い幸せ者だね…」
おやすみ…と柔らかな髪に指を通し、額に口付けた。