時を掛けて

 
 
クラントと言えば、そこそこ名の知れた資産家だ。派手なことで有名な彼だが初老を越えた近年では落ち着きを見せていた。

数年前までは大勢を招待していたクリスマスパーティーも、今では家族だけでひっそりと楽しんでいる。

そんな屋敷の広間にはクラント本人とその妻…長男と1つ下の長女、更に2つ離れた双子の次女と次男。

一般的に知られている子供は4人だが、この屋敷にはもう1人子供がいた。

広間から離れた位置にある薄暗い部屋…ベッドで膝を抱え、壁に背を預ける少女は無意識に息を吐いた。

彼女こそがもう1人の子供。クラントと愛人の間に生まれた彼女は妻は勿論、4人の兄姉達からも無下に扱われていた。

クラントは愛人に揺すられ、莫大な金と少女を引き取ることで、漸く手を切れたのだ。そんな彼等にとって、少女は目障りでしかなく、1人部屋に隔離されていた。


――ギギィ…


近くで聞こえた小さな音に少女が膝に埋めていた顔を上げれば、すぐ横の窓が開いていることに気付いた。

はためくカーテンを見ること数秒、漸く吹き込む風に寒さを感じ、窓を閉めようと手を伸ばす。

しかし、瞬きを一つした次の瞬間…そこには人がいた。


「あれ?ここ空き部屋じゃなかったんだ?」


窓枠に足を掛け長い髪を夜風に揺らす人物は月を背負い顔は逆行で見えないが、声を聞くにどうやら男のようだ。


「お前はリストに無い顔だ…」


驚きに呆然とする少女に対し、男は冷静に少女の顔を眺めると、命拾いしたねと部屋のドアへ歩みを進める。


「あ、そうだ」


ドアノブを掴んだ男が唐突に声を上げ軽く振り返る…


「お前は部屋から出ない方がいいよ」


少しだけ大きくなった喧騒が部屋に流れ込むも男が去ると同時に部屋はまた静寂を取り戻す。

少女はバクバクと騒ぐ心臓を抑え、思考を巡らせた。部屋から出るな…この言葉は幾度となく浴びせられて来た。

しかし、家族に言われるそれと男の言ったそれはニュアンスがまるで違うように感じる…

今まで虐げられてばかりいた少女にとって男の言葉は新鮮で、興味を抱かずにはいられなかった。

少女はベッドから降り静かにドアへ近寄る…いつもは重く施錠されているドアが今日はいとも簡単に開いた。

室外は先程と違い無音…数年振りに部屋から出た彼女は迷いながらも広い廊下を進み、広間に辿り着いた。

…パーティーをしている筈のそこは静けさに満ちていた。怒られるだろうかと思いつつ、ゆっくりとドアを開け中に入れば、想像とは違う光景。

綺麗に着飾った家族やスーツを来た使用人…それら全て床に転がり動かない。


『死んでるみたい…』

「死んでるんだよ…」


彼女の呟きに答えたのは、聞き覚えのある声だった。キョロキョロと辺りを見回す少女の耳にカツンと踵を鳴らす音が届く。

振り返ると同時に、暗がりから姿を見せたのは黒髪の男…シャンデリアの明かりにより露になった顔に表情は無く、黒い猫目が際立っていた。


「部屋にいろって言ったよね?」


腰に手を当てコテンと首を傾ける男の言葉に先程部屋に来た人物だと確信すると共に、ばつが悪そうに俯く。


『ご、ごめんなさい……』

「まぁいいや」


面倒だから殺しておこうと結論に至り少女に歩み寄る男。対する少女は男の殺意など気付きもせず、きらびやかな部屋の装飾に笑顔を見せていた。


『…綺麗…あの、これ何て言うか分かりますか?』


クリスマスツリーを指差す少女に男は僅かながら眉間にシワを寄せた。


「お前、この状況で…オレが何者か分かってないの?」

『サンタさんじゃ、ないんですか?』


少女は迷いなく言葉を放つ。


「は?」


少女は昔に本で読んだと言う。この世界の何処かにサンタクロースと言う人物がいて、その人はクリスマスの夜、1年を良い子で過ごした子供にプレゼントを配り歩くと…

家族から解放されたかった彼女にとって、家族の死はプレゼントと言っても過言ではない。ましてや、それをもたらした彼は彼女にとって"良い人"なのだ。


「…あー…はぁ…」


少女の発言に毒気を抜かれた男は、面倒臭そうに溜め息を吐くと、構えていた手を下ろした。

家族を失った少女が1人で生き残れるとも思えない…自分が手を下さずとも彼女は勝手に死ぬだろうとの判断だった。


『それで、これの名前知ってますか?』

「…悪いけど、オレも知らないんだ」

『そうですか…あのサンタクロースさんには名前、あるんですか?』


もう一度尋ねる少女に目をやり、男は適当にはぐらかす。それでも質問を重ねる少女に男は考えた。


「……それの名前と引き換えだ。お前がそれの名前をオレに教えたら、その質問に答えてあげる」


それまでお前が生きてればだけど…

心の中で冷ややかな言葉を付け加えると、そのまま近くの窓を開け、降り積もる雪の中に姿を消したのだった。










――4年後の冬…

クリスマスムードに溢れる街中を1人の青年が長い黒髪を靡かせ通り抜ける。人混みを縫うように進む男は腕を掴まれたことにより、その足を止めた。


「何?」


男は不機嫌そうに声を発する。

『…はぁ、ハァ…やっと、会えた…』


…その腕を掴むのは女性だった。走って来たのか息を切らせている。


『…これ、クリスマスツリーって、言うんですって…!』


人の行き交う広場の片隅…聳えるクリスマスツリーを指差す女性に男は何を言ってるんだと眉を顰める。


『だからサンタさん!お名前、教えて下さい…!』


約束覚えてますか?と笑う女性に、男は数秒思考を巡らせ、あぁと思い出した。確か数年前、自分をサンタクロースと言う少女を殺さずに置いてきたなと。

彼女が生きていた事に内心驚き、よくもまぁそんな下らない事を覚えていたもんだと感心した。


「……イルミ」

『!』


ボソッと伝えたにも関わらず、彼女の耳にはしっかりと届いたようで…

『イルミ、さん…イルミさん…』

「………お前は?」


刷り込むように何度も呟き満足気に頬笑む。それを眺めるイルミはふとした興味から女性に名を尋ねた。


「オレだけ教えるんじゃ不公平だ…お前は?ないの?名前…」


イルミの問いにキョトンとする女性…可笑しな事を言ったかと居心地の悪さを感じた彼はまるで言い訳でもするかのように言葉を並べる。

女性はそんなイルミに漸く彼の言葉を理解すると嬉しそうに笑い、自らの名を口にするのだった。


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