キュービックジルコニア。それはまるで自分のことのよう。 どんなに本物とそっくりでも、それはしょせんまがいもの。本物の輝きがそこにはありません。 周りの人がどれだけ誉めそやしても、私は自分が偽物であることがわかっているから余計悲しくなります。 わかっているのに、馬鹿な私の心は君のさりげない優しさに舞い上がってしまう。些細な言葉にのぼせ上がって、一緒にいられることに喜びを感じるから業が深い。 君にときめいて、そして自己嫌悪に陥るのです。 君は私に触れないから。 わたしは君の人のよさに付け込んでいることを自覚せざるを得なくなります。 君から離れたいのに、離れなれない。触れられたいのに、触れられなのです。 好きだけど、辛い。辛いけれど、やめられない。異性を好きになったことのない私にとって十重二十重と荊が首に巻きついて息もできなくなりそうなのにその苦しみすらどこか甘いのだから、もう正気じゃないのかもしれません。 「町内会のチームの練習って、いつやってるんですか?」 金曜日の夜のこと。部活の帰り道、私は烏飼君に坂ノ下商店とペイントされたワゴン車でアパートまで送ってもらいながら助手席で緊張した声を出しました。 私たちの会話は、基本的に烏飼君がしゃべって私が相槌を打つというパターンなんです。多分、烏飼君は気を利かせてくれているんだろう。でも、ふっとしたときに会話が途切れることがあって、それが私にとって耐え難い時間で、そんな時私は何とか間を持たせようとする。だから、この質問が私の口をついて出たのは半分が場をつなぐため、もう半分はずっと気になっていて、何度も聞こうと思っていたことだったから。 「ああ、毎月第一、第三日曜日の夜の8時から街の体育館借りてやってる」 烏飼君は私の意図を知ってか知らずかさらりと答えてくれた。 「そうなんですか。烏飼君はセッターなんですよね?」 「ああ、うん。よく知ってんな先生」 烏飼君が自分がセッターやっていると言ったのは以前に町内会チームのみなさんと烏野高校のバレー部との試合の時の一回だけ。でも、私はそれを忘れたりはしなかった。理由なんか、火を見るより明らかです。 「ええ、烏飼君もバレーやっているのに、コーチをお願いしてしまったので、自分の練習はどうしてるのか気になっていたんです」 「ああ、それなら平気だ。自分の練習にも出れてるからな」 「そうですか。それならよかったです。部活で指導してくれているために、烏飼君自身がバレーをする時間がなくなってしまうと申し訳ないと思っていたんです」 「気にしなくても平気だって、先生。明後日も町内会の練習でるし。こっちは夜間練習だから、昼間はちゃんと部活の方に出られる。無理なんかしてねぇよ」 「それならよかったです。烏飼君には本当に感謝しています。ありがとうございます」 「あー。そういうのいいって。本当に嫌ならやんねぇよ」 烏飼君はこそばゆそうに何度か首をひねった。本当に嫌だったら確かに、断るかもしれないけれど、ちょっと困るなくらいならば、きっと引き受けてしまうんだろう。なんだかんだで、烏飼君ば優しい。そこに、自分は付け込んでいる……。 烏飼君と交際するようになってから、もうひと月が経とうとしている。 きっかけは、お酒の上での過ちというやつだった。実のところ、みっつも年下の烏飼君に一方的な好意を寄せていたのは私の方で、恥ずかしい話だけれどはじめてが彼であったことは私にとって幸運だった。烏飼君はことと次第を覚えていないみたいで、私はそれに勝手にショックを受けたけれど、過去が書き換えられると神様が言ったとしても私は一夜の過ちをなかったことにしたくはないと訴えるだろう。教職についているくせに私はとても自分勝手な人間だ。 けれど、私の幸運は烏飼君の不幸なんだろう……。 「私は高校バレーしか知れないけれど、社会人チームってどんな練習してるんでしょうか?雰囲気も部活とは全然違うんでしょうね」 自分の考えに落ち込みそうになるのを払拭するために、わざと明るい声をだしてステアリングを握る烏飼君の横顔を見る。 「そうだ、先生。明日の夜って予定入ってるか?」 ステアリングを切って小さなお地蔵様が立っている四辻の角を右に曲がりながら、聞いてきた。何気なく聞かれた市質問に私は一瞬息をつめた。指先をぎゅっと握りこんで答える。 「いえ、これといった用事はないですけれど」 ひつ月前までは、烏飼君と一緒にいてこんな風に緊張したことはない。 「けれど?」 「あ、いえ。ないです」 「ふーん。じゃ、誘っていいか?」 「え?」 「興味あるなら、見に来るか?町内会の練習」 「う、烏飼君の練習を見学していいんですかっ!?」 そんなことを言われるなんて思っていなかったから、私は驚いたのと同時にうれしくなっておもっきり烏飼君の言葉尻に食いついてしまった。 運転中の烏飼君がびっくりした顔で、ちらりと横目で私を見た。 ああ、奮しすぎてしまった自分が恥ずかしい。 「す、すみません。あの、是非見たいです、町内会のみなさんの練習!」 そして、烏飼君のコートに立つ姿を。 「そ、そうか?じゃあ、明日な。本当は、練習休んでどっか食事やら映画やら先生が行きたいところまで足を延ばしてでゆっくりしてぇとこなんだけんだけど、悪ぃな。こんなんで」 「い、いえ!そんな……!」 それじゃ、デートみたいだと思って顔が赤くなる。一緒に、いられるだけで十分なのに忙しい烏飼君を独占するなんて高望みだ。それに、今となってはたった二人きりにされて自然にしていられる自信はありません。 でも、烏飼君はきっと付き合ってるのにデートもろくにしないで悪いなと思っているみたいで。 そう感じるのは多分私が烏飼君に負い目があるからなんだろう。本当は、そんなことを感じる必要なんかこれっぽっちもないのに。 烏飼君がブレーキを踏むと速度を落として走行していた車がゆっくりと止まった。学校からそう遠くもない自宅についたからだ。 「いつもありがとうございます。じゃあ、また明日」 私は早口でお礼と別れのあいさつを済ませると、逃げ出すように車のドアを開けた。 「先生」 呼び止めれられて、ビクっと肩先が震えてしまう。 烏飼君の口から、別れよう、こんな不毛な関係やっぱり間違っているって言われるんじゃないかと怯えているからだ。 烏飼君の言葉を無視して車から降りてしまいたかった。けれど、私は動きを止めてしまった。 沈黙が落ちる。 私は烏飼君の顔を見れずに、彼の胸元に視線をさまよわせた。 「先生、とって食ったりしねぇから……」 まぁ、前科持ちの俺がこんなこと言っても説得力ないけどよと烏飼君は頭をかいた。 烏飼君は、私と一夜を共にしたときに私の着ていたシャツのボタンを4つほど引きちぎった。まだ新しいシャツだったうえに、ボタンホールが小さくてとても脱ぎ着しにくいものだったため、酔っていて手元が狂った烏飼君が引っ張ってしまってそんなことなってしまっただけなのだけど、烏飼君は私に乱暴したと思っているみたいだった。 「まぁ、そんなこと俺が言っても信憑性ないけどよ」 「そんなこと、ありませんよ」 私は場を取り繕う笑ってみせたけれど、それはあまりうまくいかなかった。 「……引き留めて悪かったな、先生。おやすみ」 はい、おやすみなさいと私は烏飼君に答えて今度こそ車を降りたのだった。 続? |