『真ちゃん』って名前を呼んだの、二年ぶりだった。ベロンベロンに酔っ払ってたのに、一生懸命返事してくれた。若干、舌が回ってなかったけど。カッコいいくせに、どこか間抜けで可愛くて、二年も離れていたのにオレはやっぱりこいつのことが好なんだって、打ちのめされた気持ちになった。 中学の時にバスケでズタボロに負かされてから、相手にされてないのわかったかけど緑間って名前を勝手に自分の胸に刻んで、打倒緑間を掲げて高校に進学したら運命の悪戯としか言えないような展開でチームメイトに納まった。きっと、中学で一目ぼれしてたんだろうな、オレは。高校三年間、ずっと緑間しか目に入らなかった。オレのエース様ってふざけて呼んだら、素で返事してくるの。本気を冗談でくるんで『真ちゃん好きよ。運命すら感じてるぜ』って言ったら、嫌な顔をした後すぐに真顔になって『オレは常に人事を尽くしている、その結果がお前と同じコートに立っているということだ』とかこいてんの。そこだけは、同感なのだよだって。ヤになっちゃうぜ、ホント。試合中、真ちゃんはオレに無意識に微笑みかけてくるんだぜ?こっちの気も知らないでさ。その度にオレは馬鹿みたいにドキドキして、嬉しくて、泣きそうな気持ちになんの。多分、チームの中で緑間が一番気を許しているのはオレだと思う。ちょっとくらいは認めてくれてるのはわかってんだ。けどさ、オレはそれだけじゃねえの。そういうのだけじゃねえの。 だから、もう辛いのも鬱々するのも緑間の顔見て浮かれるのも沈むのも嫌で、だからと言って告ってフラれる勇気もなくて、自分自身の恋心を放り出して逃げ出したくせに……顔を見たら好きだって気持ちが狂ったみたいに吹き出してきた。 だから、自分でも馬鹿じゃね?と思いながらハッテン場(こんなところ)にいる。 金も貰わずにヤるなんて、タカくんヤキ回ったんじゃない?ってオレのバイト先の同僚の姉さんは言うだろうけど、悶々とした気持ちが、少しでも晴れればいいなってくらいの気持ちで公園のベンチに座ってるわけで。さっきから、何人かにモーションかけられたけど、好みのヤツじゃなかったからやんわりお断りした。 まぁさ、好みの男なんか一生待ってたってこんな場所にはこないんだけどね。 ふっと溜息をついたら、隣に黒いフレームの眼鏡が似合うリーマン風の男が腰を下ろしてきた。五人掛けのベンチなのに真横に座るっていうのが既にそーいうことだよね。 でも、ちょっと気に入ったよ、このひと。黒縁眼鏡と知的なカンジがオレの好み。こーゆー場所じゃ珍しいイケメンだし、空気もわりと読めるみたいで、まずはオレにアイコンタクトしてきた。暗いけど、目のいいオレは相手がにこりと笑ったのがはっきりわかった。少し目を細めて唇の端を吊り上げてみせると、肩を抱かれた。抵抗しないでいると、リーマン風のお兄さんの手が大胆にハーフパンツに包まれた太腿を撫でてきた。 オレは長めの前髪と眼鏡ばかりを見ながら、あー、いいかなぁ、このまま流されっかなーとかって思って目を閉じた。 パンツの裾から入れられた掌が這い上がってくる。鼻先に煙草の匂いがして、少し眉根を寄せてしまった。真ちゃんは、煙草なんかすわねぇよ。それに、キスはあまり好きじゃないんだ。つか、キスしたいひとは一人しかいねぇのよ。 そんなことを考えていたら、ベンチの後ろにあった噴水広場から声が聞こえた。いい争っているような声。 「離せすのだよ!」 「なんだよ、誘ってきたのはそっちじゃねぇか!」 「馬鹿め!何が誘うだ。ただ、尋ねごとをしただけなのだよ!どうして抱きついてくるのか、わけがわからん!」 「はぁ!?わけわからねぇのはそっちだろ!ここどこだと思ってんだよ!」 この独特の言葉遣いと声。それから、妙に高飛車なイントネーション……これをオレが間違えるわけがない。 なんで!?どうして!?わけわかんねー!なんだって、アイツがここにいるんだよ!?つか、また襲われてんのかよ、緑間! オレはがばりと立ち上がると、リーマン風のお兄さんの腕を振り切って「ゴメンなさい!」っつって駆け出した。 声のする方へ走っていくと、やっぱり緑間はいた。噴水の傍の小さな防犯灯の下で、どっかのおっさんと馬鹿みたいに真面目な正論を並べて言い合いをしている。 あーあーあー!もー!真ちゃん、馬鹿じゃねーの?こんなところでヤる相手を探してる野郎に声をかけたら、お誘いだと思われるのあたりまえっしょ?これが昼の11時だったら真ちゃんの言ってる方が正しいけど、今は夜の11時だよ、そっちのおっさんの言ってることのが正しいんだよ。この世の中は、場所と時間によって常識が変わるんだよ。 まぁ、わかんねぇよな。真ちゃんじゃー。 オレは大きく深呼吸をすると、わざとかるーい声を出して揉め事の中に割って入った。 「あー。すみませーん」 「なんだ、お前」 「そのデッカイおにーさんと待ち合わせてたのオレなんですー」 「あ?」 オレはにっこりと営業用スマイルをしてみせると、相手の強硬な顔つきが少し軟化した。 真ちゃんは驚いた顔してオレの名前を呼ぼうとしたけど、それを眼で制した。こんなとこで本名言われたら、嫌だ。 「今夜、このおにーさんに買われてるんですよーオレ。これから、ホテル行く予定なんすよね。前金でもらってるからオレとヤらないとこのおにーさん丸損なんですよねー」 「なんだよ、ボーイかよ。こんなとこで売りすんな」 「サーセン、お詫びに今度おじさんのタダでしゃぶりますから、今日のところは大目にみてくださいよー」 オレが首を傾げてそう言うと、おっさんは鼻の下を伸ばしてオレに擦り寄ってきた。酒の匂いをぷんぷんさせながらキミは何歳なのとか聞いてきた。二十歳っすーと答えるとニヤケてオレの尻を触ってきた。 その手を怒って叩き落としたのはオレじゃなくって、真ちゃんだった。 「き、貴様、どこ触ってるんだ!」 真ちゃんは夜目にもわかるくらい真っ赤になっていて、相変わらず変なところ純情なんだなーとかって嬉しくなった。 けど、まずいことに相手のおっさんはへそを曲げたみたいで。 「痛ぇな!なにすんだ!」 とか怒り出してしまった。しかも、 「お前たち、ここでヤれ。公開プレイしろ!」 なんて言い出しやがった。オレははぁああああ!?と口から飛び出しそうになった言葉を辛うじて呑みこんだ。 ハッテンでヤルつもりだったから、覗かれるのは別にいーんだけど、けど相手が真ちゃんじゃとんでもねー話だぞ。 真ちゃんは卒倒しそうなくらいに真っ赤になってるし。あー、こないだは青姦ではないけど人に見られたけど、真ちゃん素面じゃなかったもんね……オレもかなりテンパってたし。つか、実は今も相当テンパってんだよ、ホントは。けど、真ちゃんは有名大学のバスケ部のエースだし、こんなところで騒ぎ起こして後々問題になっても困る。けど、真ちゃんがボーイ買ったとかっていう噂が出てきても困る。 でも……今はこのおっさんのゆーことを聞いた方がいいかもしれない。 周りにギャラリーができ始めてる……。 オレはぐいっと背伸びをすると真ちゃんの耳に内緒話の要領でこそこそっと囁いた。 『真ちゃん、黙ってオレに話あわせてくれよ。これ以上ややこしくなると面倒だかんな』 真ちゃんは何か言いたそうだったけど、耳を押さえてぎこちなく頷いてみせた。 「えー、じゃあ見てるだけにしてくださいよー。あと、オレらこれからホテルの予約してあるから。それに、このおにーさんの後の予約もあるんですよね、オレ」 「そうなのか?」 「まー、そこそこ売れてるんで」 オレは笑顔で話をまとめると、真ちゃんの大きな手を引いて防犯灯の下から人気の少ない公園の隅に移動した。真ちゃんと手を繋いでいるだけで、オレは凄くドキドキした。指先のテーピングはあいかわらずきっちりと巻かれていて、それが凄く懐かしかった。けど、熱くなる気持ちと同じくらい恐かった。オレが大学に入って真ちゃんの傍から姿を消したのって、自分が無理やり真ちゃんにこういうことをしてしまうんじゃないかっていう不安があったからだ。オレの恋心に気づかれて真ちゃんに蔑まれるのが恐かったとの同時に、真ちゃんを汚しているようでその罪悪感も辛かったんだ。 本当はこのまま逃げてしまいたいけど、おっさんは一定の距離をとってオレらの後ろをついてきていた。 公園の端の防災倉庫の裏までくると、オレは真ちゃんを倉庫の壁に追い詰めた。おっさんは少し離れた木の陰からこちらを盗み見ている。 「高尾?」 呼ばれた声に、返事はしないでオレは真ちゃんの足元に膝立ちになってスラックスのベルトとボタンを外した。 「おい!何をするのだよ!オレは、お前を探していたのだよ!お前に話が……おいっ!」 オレの頭を押し返そうとする手を、手で留めると、口でスラックスの前たてのジッパーのつまみをカチリと咥えた。噛んだ歯に力を入れてつまみを引きおろすと、ジリジリという小さな振動が伝わってきた。 だって、しょーがねぇじゃんか、こんな展開になっちゃったんだもん。 なんて、嘯きながらオレは唇も指先も震えていた。これからどーなっちゃうんだろうっていう不安と、紛れもない性的な興奮と。 「話を、聞くのだよ……!」 「ヤだ」 「高尾!」 「真ちゃん、ごめん。ちょっと黙ってて。すぐ、おわらせてあげるから」 声が震えなかったことだけは上出来だったよね、オレ。 前を開いて、下着越しにキスした。唇にキスすることは永遠にないと思ってたけど、まさかこっちにキスする日がくるなんて想像もしてなかった。妄想ならしたことあるけどさ。 布一枚隔てた真ちゃんのペニスにぐりぐりと鼻先を押し付ける。上からうっと詰まった声がした。真ちゃんの声がすごく色っぽい。熱気を孕んだ膨らみが少し硬くなったような気がして、オレのペニスは触ってもいないのに既に興奮で勃起していた。 続? 未完? |