『只今、台風11号が関東地方に接近中です。本日の部活動は中止となります。全校生徒は、授業終了後に速やかに下校してください。繰り返します・・・・・・』 その日最後の授業が終わり、帰りのHRが始まる前の僅かな時間にこんな放送が流れた。 が、その放送に従わずにオレは傘をさして中庭に立っていた。それはなぜかというと、今朝登校したらオレの机の中に手紙が入っていたからだ。書いてあったの宛名以外は、たったの一行。 森山くんへ 今日、放課後3時45分に学校の中庭で待っていてください。 今日のオレのテンションはさいしょっからクライマックスだった。クライマックスが登校から終業までの9時間とかぶっとうしで続くかって?ラブレターをくれたかわいいキミのためならば続くさ、当然だろう!(差出人の氏名やクラスは書いていなかったが、きっとかわいい子に違いない!) 風は強かったが雨はあまり降っていなかった。しかし、すぐにゴロゴロという遠い雷の音が聞こえてきたと思うと、風に雨粒が混じり始めた。それでもオレのテンションは下がらなかったが流石に20分経過して、強風に煽られた傘がぶっ壊れるとちょっとテンションが下がったっていうか、冷静になって『今日はちょっとこないかも、台風だし』と思い始めた。 それでも、もうちょっと待ってみよう、もし来てくれてオレがいなかったらがっかりするだろう、なんて考えて濡れそぼりながら暴風雨の中で1時間ほど立っていたが、中庭に生えていたハナミズキの枝がバッキリと折れてオレに向かってぶっ飛んできたところで流石にオレもその場から撤退した。ハナミズキの枝の直撃は「うぉおお!」という悲鳴とともに辛うじて避けたが、この場に留まるには危険すぎた。なんといっても、トブネズミ色した空がピカッと黄瀬の頭みたいな色に光ったかと思えば数秒後に、笠松の怒号のような音を轟かせて雷が落ちた。そしたら、アレだ。渡り廊下とかについてた電気が消えたんだよ。停電だ、停電。 「くっそぉお!台風め!オレがモテ期だからって嫉妬してやがるな!」 ギリギリと歯軋りしながら部室へ走った。もう頭から靴下までびしょぬれで、部室においてあるジャージに着替えなけりゃ電車にものれやしない。 部室棟は薄暗くてシーンとしていた。そりゃそうだ。とっくにみんな下校したわけだからな。ちょっと不気味だったけど、人が居ても不気味だからそれなら静まっていてくれた方がいい。そんな風に考えながら我らが男バスの部室の前まで来たわけなんだが・・・・・・あの、中から変な声キコエルンデスケド? 「・・・ぅぅ・・・ぁあ・・・」 なにこれ、じょうだんですよね? オレは固唾を呑むとドアノブにそっと手を掛けて少しだけドアを開いて中を覗き込んでみた。 うわ、なんかいるし!部屋の角になんかいるし!一応、人の形してるもんがしゃがみこんでるしっ!けど、薄暗くてなんかよく見えない。妖怪か?変質者か? このまま引き返したくなったけど、その瞬間また空が光って雷が鳴った。 「ひぃっ!」 小さな悲鳴が聞こえて、その声に聞き覚えがあった。窓から入った稲光が中にいたモノを一瞬だけ照らす。 あれ?早川じゃねーか? 間違いない、部室の隅で膝抱えてガタブルしてるのは、ありゃあ無駄に元気で熱いORにはめっぽう強い馬鹿もとい、OR神奈川随一の記録を持ついっこ下の後輩だ。 アイツ、あの図体で雷恐いのかよ?いつものあの猪みたいな勢いはどこいったんだよ?どこの女子だよ、お前?つか、いまどき、こんなん恐がるのは女子にだっていねーだろ。 ニヤリ、とオレは笑った。 これから部室に入って着替えをしようかと思っているところだが、普通に早川に声をかけたんじゃ面白くない。少し驚かしてやるか。 そろそろとドアを開いて部室に侵入するが、早川は気がつかない。外の狂ったような雨風の音とそれにゆすぶられる木々の葉音にばかり気をとられているに違いない。と、思ったら体育座りをしたまま膝に顔を埋めて耳を塞いでいた。これじゃ、オレが堂々と部室に入っても気がつかないな。別にこそこそしなくってもいいだろう。 ゴロゴロと笠松の黄瀬を罵倒しているのによく似た感じの雷鳴が鳴っている。 オレはごく普通に歩いて早側の前に立つとカタカタと震えて「うう、ああ、もうヤだぁ・・・・・・」とか情けないことを口走っている早川のつむじを見下ろした。なんか、こうしていると驚かすのが少しかわいそうな気がしてきた。なんか、むしろこの茶色いほわほわしたヒヨコみたいな茶色い頭をくしゃくしゃっと撫でてやりたい気持ちになった。 オレは一瞬考えて、普通に声をかけてやることにした。おい、早川。大丈夫だから、一緒に帰ろーぜ、学校から離れた場所に避雷針があるから落ちたりしねーよ、って。 強張っている肩をポンと叩くとビクリと震えて顔が早川の顔が上がった。同時に、空に稲妻が走った。 「おい、早川。大丈夫だから、一緒に帰ろーぜ……」 学校から離れた場所に云々という言葉は、ぱっと照らし出された後輩の表情の前に白く塗りつぶされてしまった。 早川の鼻は少し赤くなっていて、その大きなどんぐりまなこには、涙が溜まっていた。稲妻が、早川の涙を弾いて煌きオレの胸に突き刺さった。 そして、耳をつんざくような落雷の音が部室を小さく振動させた。 「うひっ!」 反射的にデカイ体の後輩にしがみつかれて、辛うじて倒れずにすんだが・・・・・・オレのヤワなココロはビリビリと痺れた。感電するって、こんなカンジだろうか? 「も、も、森山センパイッ!」 「お、おう」 オレの声、震えてないか? 「す、すげぇ、かみな(り)鳴ってるっす!」 「そーだ、な」 「オ、オレ駄目なんすよ!かみな(り)超ニガテで。部室に置いてある合羽とって、すぐ帰ろうとしたら・・・・・・か、かみな(り)鳴って・・・・・・」 そりゃー、この状態見ればわかるよ。けど、なんか・・・・・・部室で二人きりでこんな風に抱きつかれてコレが今日告白してくれる予定だった女の子だったらどんなによかったか・・・・・・。 「あー、もうちょっとこうしてやっててもいいぞ」 「センパイ、すんません・・・・・・」 「いーよ、べつに」 だって、女の子とだったらこんなシチュエーションで相手のことが可愛いとか思ってもおかしくねーし、恐がってる女の子の頭を撫でてあげるのだってイイ感じだろ。それでオレがちょっとキュンとするのはむしろ正しい。 けど、早川の髪の毛の感触を楽しむように撫でてしまったオレはおかしい・・・・・・ような気がする。それだけでなくて、猿みたいな後輩としか思ってなかった早川に隠れていた恐がりな一面を見て、ギャップ萌えとかちょっと可愛いじゃねぇかよとか考えてしまったオレは・・・・・・やっぱヤバイだろ、これ。 頭の中でそんなことをあれこれ考えながらも結局は、オレは足の速い嵐が通り過ぎる二時間の間、ずっとしがみついている早川のヒヨコみたいなぽわぽわした茶色い毛を飽きもしないで撫で続けていたのだった。 了 |