年端もいかぬ童が一人、戦が終わって陽が暮れようとしている戦場で泣いていた。
 戦場には、味方の屍がちらほら、敵の屍がそこかしこに転がっている。どれもこれも同じように見える屍のうちのひとつを抱え、地べたにべったりと座り込み、人目も憚らず声を上げていた。おとう、おとうと繰り返すところから見ると、目をカッと見開き、苦悶の表情のまま絶命しているその骸は童の父親だったのであろう。見れば、亡骸を抱く童の左腕の袖が裂け、赤黒く染まっている。掃討戦のどさくさに巻き込まれたかなにかして、斬りつけらたられたたのであろう。
 大谷はちらりと視線を流し、隣を見やった。
 そこには、黒田官兵衛が無言で泣きじゃくる童を見つめていた。
 この戦の全権は太閤よりこの男に委ねられている。黒田官兵衛が全軍を指揮し、黒田武士達が主力となって隊が編成されていた。その黒田を補佐するのが大谷の任だった。
 大谷は仕官してから日が浅く、黒田官兵衛という男を知らなかった。勿論、噂には聞いていた。豊臣家臣団の中ではあの竹中半兵衛と並び称される軍師であると同時に剣の腕も相当な剛の者である、と。麾下からも慕われ、太閤から竹中半兵衛とはまた違った意味で重用されている。政にも長けているらしく、黒田領の領主としても民から敬われているらしい。
 しかし、大谷は事実、己の目でもたものしか信じない。噂がどれほどあてになるものであろうと思っていたが、実際に戦場で供に戦ってみて、軍略の手腕は音に聞こえる以上のものであった。
 竹中半兵衛が研ぎ澄まされた白銀造りの太刀であるならば、黒田官兵衛は兜さえも断ち割る黒鉄の戦斧のようなものだ。
 大谷はこの戦が決まった時、黒田が暗愚であったり己よりも少しでも劣るようなことがあれば、傀儡にしてやろう、いいようにして指揮は自分が執ろうと画策していたが、叶わなかった。
 以前に紀之介に百万の兵を指揮させてみたいという言葉を太閤より賜った大谷ではあったが、まだこの身は豊臣の双璧には及ばない。大谷は二兵衛の力を目の当たりにして、心底そう思ったのだ。
 黒田は自ら策を練り、逐一斥候の持ち帰った報に耳を傾け、修正を加えた。時に大谷に意見を求め、答えた大谷の論を吟味して採用することもあった。おおらかな性質(たち)で、公平でもあったため、人望もあり、兵からは恐れられるというよりも親しまれていた。しかし、黒田はツキまわりがよくない男だった。それを旗本らに笑われることもあったが、黒田本人はその指摘に対して無礼であろうと怒鳴りもしなかった。大谷は黒田の不運を内心では密かに虚仮にして笑っていたのだ。大谷も黒田の不運をちらりと皮肉ってみたが、どうせ、小生はこんもんさと口をへの字に曲げて拗ねただけだった。それが、大谷には大層面白く感じられた。
 確かに、黒田官兵衛は一角の武将であるやもしれぬ。が、生ぬるい男だ。大谷はそう小馬鹿にした視線でこの男を見ていたのである。






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