秋が過ぎて、吹く風が冷たさを増す頃になると、緑の裾野が徐々に黄ぃや赤に色を変えていく。オラにとっては見なられた景色だども、今年の秋はいつもの秋とは全く違っていただ。
オラ、紅葉より綺麗な綺麗な景色をみただよ。この世のものとは思えねぇほど、聖らかに艶やかに色づいていただ。


色葉の褥


山から下りて村に戻る途中、畦道を歩いていると馬の蹄の音が聞こえてきて、オラは慌てて道の端さ寄って、薪を下ろして土下座した。
どんどんとこちらへと馬が向かってくるのが分かった。馬さこんだにも早く駆けさせて、畦道通るんは、お侍の他いねぇ。ただ、馬の足音がひとつっきりしかねぇっていうのは珍しい。いつも大勢でくるだで・・・・・・それだけでオラたち杣や農民は身体小さくして地べたに這いつくばって震えるだ。お侍は土下座した頭がちょっと上がってただけも、足が悪くて土下座できん怪我人にも容赦しねぇ。命まではとられんが、きついお仕置きをされるんだ。無体な話しだぁ。
ここは太閤様のおぼえもめでてぇ石田郷の国友とゆかりのある近村だからのぶせりに田畑を荒らされることはねぇけども、もうオラたちはお侍っつぅだけで怖ぇのよ。刀や鉄砲を持った具足姿が凛々しいちゅうてきゃあきゃあ姦しく騒ぐ娘衆がぎょうさんおるけんど、オラはやっぱりお侍はおっかねぇ。
ありゃあ、人を殺す道具だ。同じ刃物でもオラたち杣の持ってる斧や鉄砲とはわけが違う。
オラの村でも男衆が戦さ行って、片手片足失くして命からがら戻ってきたもんがいくらかいっけど、そういうもんから話し聞いて、オラは肝がつぶれるような気持ちになっただよ。お侍はもう人間つうよりも鬼に近ぇ。戦はおっかねぇ。オラたち村人は城やら家臣やら家屋敷やら領地やら持ってるお侍と違って自分の身体しか持ってねぇ。その身体で米さ作んだ。木ぃさ切るんだ。兎さ捕るんだ。それなのに、戦は簡単にその身体に槍やら刀やら突き刺すだ。
戦から帰ぇってきた手足ぶった切られた家族のいねぇ男衆の半分近くは、物乞いになって生きとる。だって、もう百姓や猟師や杣の生活にゃ戻れねぇもの。オラはそういうおっかねぇもんとは関わりあいたくねぇ。
早よう通り過ぎてけろ。早よう通り過ぎてけろ。
土さ頭こすりつけてそう願っとたのに・・・・・・。
馬の四足が、オラの目の前で止まった。
背中がひやっとした。
何か粗相でもしただか。でも、すぐ脇さ避けて土下座して道をあけただよ。お姿だって見ちゃいねぇ。
呼吸ができねぇほど胸が痛くなった時に、馬の上からオラに声が降ってきた。
「すまんが、道を尋ねたいのだが」
物言いが、オラたち下々に対するようなもんじゃねぇことと、声が若くて清清しいのに・・・・・・えれぇたまげただよ。
「ど、どちらへ行かれたいんでございましょうか?」
オラは益々頭を深く下げてそう言ったんだども、口を利いて良かったんだかもわかんねぐて不安になった。
おっとうもおっかあも、おじいもおばあも、オラの家族は一度だってお侍様と口ぃきいたものはいねぇだ。だから、お侍様との話し方なんぞ、教ぇてくれるもんなんかなかっただ。
「そうだな・・・・・・こちらがものを尋ねているのに、この状態はおかしいから、まずは顔をあげてくれ」
どうしよう、どうしたらええべ?
頭をあげっかどうか迷っとると、目の前のお侍が動く音がした。
頭を動かさねぇで目ぇだけ上目遣いにすっと、なんと目の前にお侍ぇ様の足が見えただよ。馬から下りなすったんだ。
やっぱり、オラなんかしたんだ・・・・・・!もしかして、この場で斬って捨てられるなんじゃないだか?
オラはもう、どうしようもなくおっかなくなってガタガタ震えだしただ。
「ワシは、家康というのだが。名を、教えてくれんか?」
ポンと、肩に手をかけられてオラは飛び跳ねるくれぇたまげたけども、言われたことにはその倍たまげただよ。
オラはこわごわ顔を上げると、目の前にはしゃがみこんだ若いお侍がいただ。
金色の鎧に袖なしの羽織を身につけておられるけども、腰のものはなかったんだ。逞しく立派な身体つきに颯爽としたそのお侍様、オラと目があうとにっこりとお笑いなすったんだ。
そりゃあもう、お天道様みてぇにきらきらしてて眩しくて、オラはもう、それだけでカーッと頭に血が上っちまって、どうしたらいいかわかんねぐなっちまっただ。
優しげで、それなのにきりりと引き締まっていて・・・・・・凛々しいっちゅうんはこういうこというに違ぇねぇ。
「名は?」
二回聞かれてオラやっと、自分の名前を答えただよ。
「カ、カエデでごぜぇます」
「そうか、カエデというのか」
「へ、へぇ」
「良い名だ。まさにそのカエデを、ワシは探してここまできたんだが」
「え?」
一瞬、オラのことを探しているというように聞こえてどきりとしたども、そんなはずはねぇわけで。
「隠れた紅葉狩りの名所があると聞いてな。ワシはそれを見物にきたんだ。村のものなら知っているんじゃないか?」
「・・・・・・はい。知っております。この畦道を抜けっと野辺が見えてきます。そこから山入りが見えますだ。一目で山道の入り口だとわかる場所があるけんど、その道に入らずに西の方へ進むと、小さなお地蔵さんがありますだ。そのお地蔵さんを過ぎたとこの道を入って、まっすぐ行くと楓やら蔦やらがぎょうさん生えとる場所に出ます。山自体が色づいてますけんど、そこはことに綺麗な場所ですだ」
「そうか!ありがとう。手間をかけたな」
オラはまた驚いただ。杣の子に礼なんか言わっしゃるなんぞと思っておらんかったから。
「あの、お侍様・・・・・・家康様!その場所は人がよう、通らん場所でごぜぇますだ。オラは杣の子だで、道さ良くしっとります。案内がいるようなら、申し付けてくだせぇ」
馬の鐙にかけた足を止めてお侍様はオラを振り返った。
「そうか。せっかくの申し出だ。途中までの、案内を頼もう」
清清しく笑われるのを見て、オラは急に恥ずかしくなっただ。侍は嫌ぇなはずなのに、馬鹿なことだ。馬鹿なことだ。





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