「両手の自由を奪われて、日の差さぬ狭苦しく不浄の穴倉に押し込められ・・・天下など夢のまた夢、そのまた夢。やれ、なんと情けないざま。さぞ、口惜しかろう?」
 刑部がこう言って悦に入ったのは、小生を穴倉に押し込め、手かせ足かせをつけてくださった反吐が出そうなくらいありがたい日の終わりのことだった。
 いや、反吐なら散々吐きつくした。もう、何も出やしない・・・けども、それじゃ腹の虫がおさまらん。
 この獄を破る一計はあとでじっくりと案じるとして、今は刑部に一矢報いてやりたい。
 その一心の苦し紛れで出た言葉。
「ふん、そんなに小生が怖いか、惜しいか刑部。殺すでもなく人目につかぬ処へと隠すほどにこの小生のことが大事かね」
 刑部の旗色が微かに変わった気配を小生は肌で感じとった。この手の勘だけははずさない。腹芸は不得手に見て実は得手。何がそうさせたのかはわからんが、刑部はよく回る舌の回転をピタリと止めた。
 ここで小生が黙っては反撃の隙を与えることになる。とにかく何か言わねばと続けた、やせ我慢のひと言。
「そこまで想われているなら、縛られてやるのも男の器量ってもんだ」
 しかし、それが意外や意外。
「・・・」
 刑部が苦虫を噛み潰したような、実に不愉快そうな・・・というより「嫌そうな」顔をした。
 小生はそれに溜飲さげるよりも、面食らった。
「え?おい、刑部?ちょっと、待て!ぎょ〜ぶ!」
 刑部はその後、何も言わずに、ふわふわと輿に揺られ蝶さながらに飛び去っていった。
 後にぽつんと一人残された牢獄で小生は、呆然となって呟いた。
「なんだ・・・なんなんだ・・・?なぜじゃ?なぜ、こうなった?」




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