Le ciel croche | ナノ

「"ゴムゴムの……ムチ"!!!!」
「"龍……巻き"!!!!」
「"肩肉……シュート"!!!!」
「「「……………!!」」」

 ほとんど山と言っても過言ではない大小の砂丘を乗り越えながら、ユバへの道のりを進んでいた一行。ようやく見つけた岩場で昼休憩、と思ったそんな時、ルフィが砂漠の盗賊・ワルサギに騙され、三日分の旅荷を奪われてしまった。
 怒りのままに彼らを追いかけたルフィだが、彼はその姿が見えなくなるやいなや、早々にとんぼ返りして戻ってきた。その背後から猛然と迫るのは、土煙を巻き上げ走るサンドラ大トカゲ。怒涛のトラブルに驚きを超えて呆れながらも、ゾロとサンジは冷静に身構える。
 見事にタイミングを合わせて繰り出された三人の重量級の攻撃に、大トカゲも成す術無く撃沈した。
 
「サンジ、こりゃ食えるんじゃねェか?」
「ああ、食えそうだな」
「ちょうどよかった……」

 食糧が奪われた直後に現れた巨大怪物は、むしろ飛んで火に入る夏の虫。仕留めた獲物を見上げる三人を遠目に、ウソップは涙目で声を震わせる。

「な…なにもそこまで…」
「…あいつら3人揃うと、怪物に同情しちゃうわ…」
「ふふ、とりあえず食糧確保、だね」
「えっ、く、食えるのかアレ……!?」
「一応、毒なんかは無いはずだから、食べられるとは思うんだけど……。それ以前に、アレを仕留めようと思う人が居ないから……」
「だよなあ……」

 感心とも呆れともつかない声を漏らすナミ。穏やかに笑うニーナの口調に合わないワイルドな台詞に、チョッパーはやや怯え気味。緩い助け船を出すビビも、実際に食べた事は無いらしい。
 ──とはいえ、この緊急時にえり好みなどしてはいられない。ゾロが奇麗に切り出した肉塊を手に揚々と戻って来る三人を迎える頃には、チョッパーも覚悟を決めたように、ごくりと生唾を呑んだ。

「よ……よし。うん。おれも食うぞ!」
「なっはっは、メシだー!」
「さて……こいつをどう調理したモンか……」

 巨大な肉塊を両手で掲げて上機嫌なルフィとは対象的に、サンジは若干渋い顔。一流コックたる彼にしてみれば、まさかこれを生で提供するなど言語道断。勿論野外調理もお手の物とはいえ、道具一式はまるごと盗まれたままだ。
 小さくない溜息と共に、ふう、と紫煙を吐き出せば、彼の風上でニーナが相槌を打つ。

「んん、何とか火は起こせたとしても、燃料になりそうな物がね……………あ」
「?」

 不自然に途切れた彼女の言葉と、一点に固定された視線。サンジがニーナの目線を追えば、答えは目の前に鎮座していた。


 *


「うはっ! 見ろよ、天然のフライパンだぜ、ここらの岩は!!」
「いやァ、うっまそ〜〜〜!」
「おお……! いい匂いだ……!」

 じゅうじゅうと肉汁が弾ける音と共に広がる、食欲をそそる芳ばしい香り。音の出所となっているのは、大小の岩々が転がるこの辺り一帯でも、ひときわ黒く平たい岩。
 所々に出来ている日陰の丁度真ん中にあるそれは、真上から降り注ぐ鋭い日光を余すことなく受け止めている。その結果、表面温度は熱した鉄板にも近くなり、火がなくともしっかり加熱の役割を果たしていた。
 巨大トカゲの肉に若干引き気味だったチョッパーも、徐々に焼き目が付いていくそれを、今か今かと目を輝かせて待っている。

「ニーナちゃんのお陰で塩もあるし、器具類一式無くてこれならまァ上等だ。エネルギーと塩分は補給できるぜ」
「いや〜よかった! 後は水さえありゃーなァ」
「おめェが盗まれたんだろーがバカタレ!!」
「蒸し返すんじゃねェよ……」

 一人旅の蓄えの名残で、鞄に入っていたひとつまみの岩塩。まさかこんな形で役立つ日が来ようとは、ニーナも予想だにしていなかった。塩の小瓶を渡したサンジは大喜びで、一番最初に焼き上がった肉を真っ先にニーナに献上した。
 そそり立つ岩石が作る涼しい影に身を寄せて、出来立てのトカゲ肉の串焼きを有難く頂きながら、彼女はルフィが零した単語を拾って思案する。

(水、かあ……)

 ワルサギに盗まれてしまった荷物の中で、砂漠越えにおいて最も重要度が高いもの。肉の摂取で多少は補えるとはいえ、ユバまでの旅路を考えれば、なんとかして確保しておきたかった物資の筆頭だ。逃げたサギを追うことは難しいとしても、他に何か方法はないだろうか。
 これまでのサバイバル経験を脳裏に呼び起こし、現状と照らし合わせて、活用方法を考える。しかし、そもそもの場所が砂漠とあっては、生かせる経験も情報も多くない。過去に学ぶことから思考をシフトしたニーナは、ふと新たな可能性に思い至った。

(うん? そういえば……もしかしなくても、ラクリマ・マレ使えば、出せるよね、水)

 一度思い付いてしまえば、何故一番に閃かなかったのかと思わんばかりの妙案。
 エルフィンにとってのラクリマ・マレは、それぞれの石に内包されている自然のエネルギーを抽出・変換できる便利な鉱石。彼女がよく使うガーネットは火、パールは風といったように、秘められている力の種類は石によって決まっている。
 水のエネルギーはターコイズから取り出せるが、戦闘に使うには中々に目立つため、ここ最近はめっきりご無沙汰している。それでも、使用難度も低く、入手しやすい石ゆえに、鞄の中の在庫は潤沢だ。

(……けど、それには)

 ちらり、さり気なく向けた視線の先には、焼き上がったトカゲ肉に舌鼓を打つビビとチョッパー。
 この砂漠でそう簡単に手に入るはずもない水を、どこからともなく人数分用意してくるとしたら。ニーナの正体を知らない二人を納得させるだけの理由──もとい、言い訳が必要だ。
 ラクリマ・マレを仕込んだバングルを『ちょっと細工したバーナー』と言い換えた彼女も、これには少々頭を捻る。

(何とか蒸留できたとか言っても、チョッパーはともかく、ビビは不思議に思うよね……)

 言わずに済むことを隠す事はあっても、不要な嘘は極力吐かない。不完全なそれは結局、後々自分の首を絞めることになるから。"あの時"から遵守している自分の信条を守ろうと思うと、今回は難易度が高すぎる。
 どうしたものかと考えを巡らせながら、とんとん、と右手を鞄の上で遊ばせていたニーナは、ふと後ろから自分に注がれている視線を感じた。

「ゾロ? どうかした?」

 くるりと振り返ったニーナと、ゾロの視線がぱちりとかち合う。
 一秒、二秒、相手の瞳に宿る色を確かめて、先にバツが悪そうに目を逸らしたのはゾロの方だった。

「……いや、なんでもねえ」
「うん……?」

 彼の浮かべる複雑な表情に、ニーナはぱちぱちと目を瞬かせるが、ゾロにそれ以上喋る気はないらしい。
 何でもない、で片付けるには、少々納得のいかない意味深なそれ。詮索は好まないニーナをもってしても、ついその意味を考えてしまう。

(あれ? トカゲのお肉、減ってないな……)

 彼の手元で未だ湯気を立てる焼き立ての肉塊。普段の彼の食事ペースからしたら、減る速度が遅すぎる。
 ──トカゲ肉を受け取って、ニーナの後ろの日陰を陣取って。静かに考え込む彼女の背中が目に入ったのだとしたら、あるいは。

(……そっか、もしかしたら、ううん、もしかしなくても)

 あり得る結論に辿り着いたニーナは、やがて合点がいったかのように、ああ、と小さく納得の声を漏らした。
 その呟きを拾ったゾロが、再びニーナをちらりと見やる。二度目に合った視線は逸らされないまま、“問われなかった問い”への"答え"を返す。

「……やらないよ」
「!」

 ──ぴくりと微かに眉を動かしたゾロのその反応は、主語の無い一言が正しく伝わった証。

 行動や表情から考えを読まれることは、時に危険に繋がるもの。重々承知しているニーナは、元来感情の振れ幅が狭い事もあるが、それを隠す事にも人一倍長けている。若い女が一人旅をしていても、大きなトラブルや怪我も少なく生き残ってきたのは、これも一つの要因だった。
 ……それが、麦わら一味に入ってから、敢えて隠す事は少なくなったとはいえ、こうも簡単に読まれてしまうとは。それでも、彼女の胸の内を満たすのは、若干の反省を上回る、こそばゆい温かさ。

「一人旅の時からの癖でね、やるやらないに関わらず、いろんな手を考えておくってだけ」

 過去の彼女であれば、間違いなく口にしなかった弁明の言葉。
 ゾロがニーナの思考を察したように、ニーナもまた、彼の喉元まで出掛かっていた言葉を見抜いている。それが彼の口から零れてこなかったのは、先程眼が合ったその時に、要らぬ忠告だった事に気付いたからだろう。
 彼女の身を案じてくれたからこそだと理解した上で、ニーナはそのまま言葉を続ける。

「いくつか想定はしておくけど、今はまだ……その時じゃないと思うから」
「………」
「ありがとうね」
「何がだよ」
「ふふ、気にしないで」

 突然の礼の言葉に、ゾロは居心地悪そうに再び視線を逸らす。くすくすと微笑するニーナの本意も汲んでいるだろうに、ゾロはしらばっくれるように呆けた答えを返すだけ。
 彼女はそれに気を悪くした様子もなく、未だ彼女の手元に握り拳二つ分ほどあるトカゲ肉をぱくりと一口。

(せっかくあの時、ナミがみんなに話してくれたんだし)

 ドラムを出港してから三日目の夜。ナミが東の海組を密かに呼び出していた事に、耳の良いニーナは早い段階で気付いていた。
 石磨きを理由にビビとチョッパーをさりげなく船内に引き留めて、自分を含めて密談を聞いてしまわないようにして。それでも、細かい内容までは分からないにしろ、集められた面子と五人の様子で、話の大筋には見当がつく。
 ナミやゾロの気遣いを、こんなに早く、まだ然程切羽詰まっていない状況で、こちらから無しにしてしまうのは──表現の正誤はさておき──勿体無い、ような気がして。
 くすぐったいような感覚に微笑を零しながら、ニーナは思いを新たにする。

(切り札は取っておくものだから、今はまだ、ね)





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