Le ciel croche | ナノ

 カランコロンと涼やかな音が廊下に響く。あたしの足取りと調和して音を立てるそれは、文字通り宝箱に収まる宝石の山。とはいえ、それは世間一般的に言うソレとは、少し違うかもしれないけど。
 両手に抱えた工具箱の上にもう一箱。蓋の無いそこから覗く色とりどりの石たちが小さく跳ねるたびに、その下から顔を覗かせる別の石。トパーズ、オパール、トルマリン……目で追いながら名前と意味とチカラを頭に描いて、どう加工しようか構想を巡らせる。フルートに嵌める用のが少なくなってたかな。この前街で見つけたネックレス、可愛かったから真似して作ろうかな。デザインを思い描きながらキッチンを抜けて、甲板へと続く扉を上手いこと指先で開いてすり抜ける。
 ――と、次の瞬間、足先にこつりと何かが触れた。

「わ、」

 障害物に足を取られてつんのめる。すぐにバランスを取り直して大転倒は免れたけど、ごとり、胸元で不吉な音が立った。やばっ、と思ったのと同じタイミングで、十数個の石たちが目の前をジャンプする。
 直後、からからから、と転がった複数の音に、甲板にいたみんなが振り返った。

「あちゃー……」
「あら?」
「お? どしたニーナ?」
「んん、石落としちゃって……」
「あー」

 階段下からあたしを見上げるウソップに答えつつ、とりあえず二次災害防止に手持ちの木箱を床に下ろす。振り返って障害物の正体を確認すれば、そこに居たのは、扉の前を陣取って昼寝を決め込んでる緑頭。

「……んん、まさか、気配も無くそんなとこで寝てるとは」
「……あ?」

 声を掛けて初めて目が覚めたらしい。小さく息を零したあたしに眉をひそめるゾロは置いといて、ぶちまけちゃった石たちを回収しよう。
 最初に目についた足元のペリドットに手を伸ばす。と、突如床からにょきっと人の手が現れた。

「ふふ、お困りみたいね、音楽家さん」
「ロビン」
「……三十輪咲き(トレインタ・フルール)」

 甲板のパラソルの下で優雅に読書中だったロビンが、ふっと表情を緩めて両手を構える。ふわり、花弁が舞うようにあちこちに開いた彼女の手は、あっという間に鉱物たちをかき集めてくれた。
 あたしの足元までリレーされて届いたそれは、置いておいた箱の中に見事に戻された。
「わ、ありがとう」
「まだ少し残っているけれど、大方良さそうね」

 さらりと言葉を返したと思ったら、もうパラソル下の特等席で読書に戻ったロビン。ちょっとそっけないように見えるのは相変わらず。だけど、本人はきっと気付いてないんだろうな。空島から戻ってきた頃から、だいぶ表情が柔らかくなってるって。
 垣間見えた微笑を笑顔で見送っていたら、こつり、後ろから頭を小突かれた。

「ほら、落っことしといて何ニヤニヤしてるのよ」
「あ、ありがとう、ナミ」

 少々呆れ気味のナミが、軽く握っていた拳をあたしに差し出して開く。ころり、彼女の手のひらから顔を見せたのは、原石のままのシトリン。
 思わずぷっと噴き出したあたしに、ナミは隠すことなく怪訝な表情を浮かべた。

「なによ?」
「ふふ、ごめんごめん、まさかそれピンポイントで拾うと思わなくてさ」
「え?」
「……それね、シトリンって言う石なんだけど、金運上げる効果があるんだよね」
「!」
「ぷっ」

 今度噴き出したのはウソップ。普段なら即座に怒られてもおかしくないのに、途端にぱっと顔を上げたナミの瞳は、磨き上げられた宝石のごとく輝いていた。

「えっ!? それホント!?」
「うん。ほら、パワーストーンって言うじゃない? それそれ」
「いやん、空島のお宝に高値がつく予兆かしら!」
「あはは、どうかな。でも、こんだけある中から引き当てたんだから、縁はあるかもね」

 すっかりハイテンションなナミは上機嫌でシトリンを見つめる。太陽に翳されてキラキラと光るシトリンも、満更でもないように見えるというか、なんというか。これ以上ないピッタリな組み合わせなのは確かだから、気に入ってる風なナミに提案をひとつ。

「折角だからそれあげるよ。ネックレスにでも加工しよっか?」
「やった! ご利益ご利益! 頼んだわよニーナ!」
「はー、なんか新手の占いみたいだな……」
「あ、それ良いかも。お小遣い稼ぎ出来そうだね」
「……おいニーナ、お前までそーいうのやめろよな……」
「ふふ、うちは食費の出費凄いんだし、手段が多いに越したことないじゃない?」
「うっ、まあ、そりゃそうなんだけどよ……」
「へぇ、占いかぁ……」
「ニーナちゃぁぁん! こっちにも落ちてたよぉぉ!」

 ナミからシトリンを受け取っていると、三人分の声が会話に混ざる。感心半分呆れ半分のウソップ、興味津々な様子のチョッパー、くるくると回転しながら飛んできたサンジ。彼らも三者三様に一つずつ、違った石を手にしている。
 あたしに向かって差し出された三つの手。それぞれの掌に鎮座している鉱物たち。ちらりと視線を上げれば、彼らの顔にはどこか期待の滲んた表情が浮かんでいる。すっかり占い屋さんになった気分で、それぞれの持つ意味を頭の引き出しから引っ張り出した。

「ありがとう。チョッパーのはデザートローズだね」
「ああ、薔薇みたいな形してるからか! どんな意味があるんだ?」
「夢と希望の象徴、かな。あと、悪縁悪習を断つ、とか」
「悪習……」

 蹄にちょこんと収まった“砂漠の薔薇”を見て、チョッパーはへええと感心の声を漏らす。悪習、という単語で動いた視線は、隣のサンジを掠めてからゾロに移ると、妙に感心の色を滲ませた。

「禁酒禁煙……いや、無理だよな……」
「うーん……」

 ――正直、太陽が西から昇ったとしても無理だと思う。本音は苦笑いに含ませて曖昧にごまかした。

「サンジのはアメジストか。あはは、お見事」
「えっ? なになに、おれにぴったりな石だったりする?」
「ある意味ね。異性を惹きつけるとか、愛の守護石とか言うから。アメジストは美少女の化身ともいうし」
「おおおおお!!!? 美女の化身んんん!!!?」

 デザートローズを眺めるチョッパーの横で、サンジはくるくると狂喜乱舞。美女じゃなくて美少女だよ、って突っ込みは、わざわざしない方がいいのかな。石を天に掲げて崇めるように舞う彼は置いといて、手にした鉱物をじっくり観察しているウソップに向き直る。

「うーん、これ、良い石だよなぁ。なんかどっしりしてるっつーか」
「あ、わかる? これ、ジャスパーって言うんだけど、大地の象徴だからね」
「おお……」
「んん? でも……」
「?」

 “宝石”とはなかなか呼ばれなさそうな素朴な石。その真価に気付いてくれたのは素直に嬉しいんだけど、ピンと思い当たった効果にはちょっと首を傾げざるを得ない。そんなあたしの様子を見て、ウソップもまた首を傾げる。いいから教えてくれよ、と訴えるような視線に促されて、記憶を辿りながら口を開いた。

「ジャスパーっていろいろ効果あるけど……浮気防止、ってのもあるんだよね、確か」
「は?」
「「え?」」
「「……あー」」

 間の抜けた声を出したのはあたしの正面に並ぶ三人。ワンテンポ遅れて妙に納得した風な声がふたつ。ワンテンポ遅れて妙に納得した風な声がふたつ。ゾロとナミが頭に思い浮かべたのはたぶん、あたしは会った事の無い、メリー号をくれたっていうお嬢様かな。
 目を白黒させるウソップと、そんな彼に意味ありげな視線を送るチョッパーとサンジの後ろで、いつの間にかこっちの話を聞いてたゾロがむくりと起き上がる。みんなと同じように手を差し出すもんだから、ちょっと驚きながらあたしも両手を開いて構えた。

「コレもだろ? ったく、んな山積みにしてっから落とすんだろが」
「……ゾロ、やっぱり気付いてなかったね?」
「あ?」

 案の定、原因が自分だとはまったくもって気付いていないらしい。ぽとり、あたしの掌に落とされたのはターコイズの原石。ヒーリング効果、活力増進、邪気払い、旅の守護石……いろんな意味が頭を駆け巡った結果、スポットライトに照らされるように残ったひとつの意味。これまたピンポイントすぎる結果に、思わずふっと力が抜けた。

「ふっ、あはは、これ、ゾロが持ってた方がいいかも」
「は?」
「……だってこれ、交通安全の石だし」

 あたしの言葉から一呼吸置いて、ぶはっと噴き出した声が見事にシンクロした。一人意味が分からない風のゾロを除いて、ほぼ全員がお腹を抱えて笑いを堪える。甲板で本のページをめくるロビンですら口角が緩んでるんだから相当だ。当の本人はというと、周りの反応に眉根を寄せる。

「交通安全とおれに何の関係があんだよ……」
「あんたはいい加減、自分の方向音痴加減に自覚持ちなさいよ……」

 笑い疲れたのかその台詞に脱力したのか、ナミががっくりと肩を落とした。

「ニーナ! 石ひろってきたぞ!」
「わ、ありがとう、ルフィ」

 そんな中、ナミのため息をかき消すように響いた明るい声。そういえば珍しく静かだなぁと思ってた我らが船長は、ひっくり返した麦わら帽子をカラフルな鉱物で山盛りにして帰ってきた。大ぶりで力強い光を放つものが多いあたりルフィらしい。
 ひょいっと柵を乗り越えて、ルフィはあたしの隣に着地する。軽い衝撃で零れかけたひとつの石も右手できっちりキャッチして、そのまま両手をずいっと突き出した。「食えねェのは分かってるけどよ、飴みたいで美味そうだよなー、これ」
「あはは、そだね」

 あたしが差し出した木箱にざらざらと流し込まれていく石たち。いびつなドロップがごとごとと音を立てて箱に収まったあと、ルフィは帽子を被り直して、あたしに右手を差し出した。
 その手にすっぽりと収まっていたのは、吸い込まれそうな深みが見事な、青い原石――あらゆる幸運を引き寄せる石、ラピスラズリ。

「よし、これで全部だな!」
「うん、ありがとう」
「海の色みたいでキレイな石だよなー。なぁニーナ、これでなんか作ってくれよ!」
「ふふっ、いーよ」
「よっしゃ!」

 今までの皆の会話を聞いていたのかいなかったのか、ルフィはその名前も意味も聞かずにあたしの手に原石を乗せる。冷たいはずの石が手に触れた瞬間、ほんのりと温かさを感じたのは、彼の掌で温められた所為だけじゃなさそうだ。
 このサイズならリング状のブレスでも作れるかな。不幸の方が逃げていきそうなルフィにラピスラズリなんて、鬼に金棒というかなんというか、我が船長ながら心強いや。
 そんな事を考えていたら、ルフィはきょろきょろと皆を見渡したあと、石たちが収まった木箱を目にとめていた。あたしがルフィに視線を戻すと、タイミングよくぱちりと目があう。

「どうしたの、ルフィ?」
「みんな石持ってんだな」
「ん? んん、拾ってくれた石が、割とみんなにぴったりな感じだったからさ。あげたの」
「……うし!」
「?」

 ……やっぱりあんまり聞いてなかったみたい。あたしがそう結論付けたちょうどその時、ルフィは木箱にかじりついて、山積みの鉱石たちをじっくり眺めだした。みんなが静かに頭に疑問符を描いているのがよく分かる僅かな沈黙。
 ごく短い時間で顔を上げたルフィの右手には、小ぶりな紫色の石が握られていた。

「ニーナ! これくれ!」
「へ? いいけど……」
「ししっ、さんきゅ!」

 頭の中の図鑑を辿って、見せられた石の名前と一致させる。ああ、チャロアイトか。そういえば持ってたっけ。そんなに数無かったし、ラクリマ・マレとしての使い方もまだ研究中……というか、ほとんど手をつけてないやつだった。良いって言っちゃったからもう良いけど、安請け合いしなきゃよかったかもしれないなぁ……。
 ほんのちょっとだけ後ろ髪を引かれつつ、顔をあげてルフィを目で追えば、フットワークの軽い彼は、いつの間にかパラソルの下に降り立っていた。

「ロビン! ニーナに貰ったからこれやるよ!」
「……私に?」
「ああ! みんな持ってるもんな!」

 満面の笑みで右手を差し出すルフィに、ロビンは少し戸惑いを見せつつも本を置いて身を起こす。帽子に隠れて良く見えないけど、チャロアイトの姿を認めた瞬間、彼女の表情に変化が見えた。……もしかしなくても、知ってるのかな。石の意味。

「ロビンの色って感じだもんなー、その紫」
「………」

 当然ながら他意はないルフィがからからと明るく笑う。ロビンの方は掌の上の石をじっと見つめているせいで、ここからだと表情が窺えない。
 ……チャロアイト。世界三大ヒーリングストーンの一種。とても強い癒しの力を持っていて、不安や迷い、苦しみを和らげ、取り除いてくれる石。環境変化への適応とか、危険から身を守る効果とかもあったかな。
 ロビンもだいぶ馴染んできたけど、まだちょっと壁がある感は拭えない。船長さん、音楽家さん、頑ななまでに名前を呼ばないのも、証拠みたいに突きつけられててちょっと寂しい。彼女の身の上に関する数少ない情報から察するに、それは経験から染みついた自衛手段で、仕方ないことなのかもしれないけど。
 ――でもいつか、ホントの意味での仲間になれたらいいなって、それは皆、口にせずとも思ってることだと思うから。

「……ふふ、ありがとう、船長さん。音楽家さんも」
「おう!」
「どういたしまして」

 顔を上げたロビンが穏やかに笑う。今まで見た彼女の笑顔の中でいちばん奇麗で、いちばん自然に笑っていた気がした。















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