あと三分五十秒というところで体格の良い男性に声をかけられた。 くるりと振り返ったアクセラレータの向こうに、見るからに柄の悪い男が三人ほどこちらに向かってくるのが見えた。タイミングが悪すぎる。時計を確認すると三分を切っていた。


「"元"最強だろ?」

「そーだったそーだった!」


下品な笑い方が耳につく。馬鹿は嫌いだが空気を読めない馬鹿はもっと嫌いだ。アクセラレータが臨戦態勢に入る前に何とかしないと手を握るどころか近づくことすら難しくなる。
安っぽい革靴を引きずって近づいてくる男達にアクセラレータが舌打ちをした。金銭目的なら財布を置いて逃げることも出来たのだけど、彼らはそうではない。
めんどくさいなあ。
タイムリミットまで二分をきったところで、私は彼らの前に飛び出した。


「目を瞑っててください」

「あァ!?」


聞こえるように呟いたのに、アクセラレータは気がたっているらしく私にまで怒りの矛先が向かってしまった。でも説明している時間はない。目の前の六つの目玉がこちらに注目しているのを確認して、私は私の出せる全力で能力を発動させた。


「うわっ!?」


一瞬の閃光。
自分の能力ながら今のはレベル3ぐらいだったのではないかと感心する。これが定期検査でも発揮出来れば、と横道に反れた思考を戻して私はアクセラレータに向き直り彼の左手を取った。リミットまであと一分残っていたけれど。


「私たちこれからデートなので、邪魔しないで下さい」


恐らくまだ視界がはっきりしない男達に言い捨てて、手を握ったまま走り出した。文句を言うアクセラレータはこの際無視だ。状況説明なら後でいくらだってするから、今は彼と手を繋げている倖せを噛みしめていたい。ベクトル変換されなかった。拒絶されなかった。走っている今だって、彼は能力を使うどころか力業で振り払うこともしない。自然と笑みがこぼれ、自覚したころには笑い出していた。
だってあの連中の表情といったら、可笑しいったらなかった。レベル2程度の私に出鼻を挫かれたあげく逃がしたなんて情け無いことこの上ない。愉快だ。


「おい!どこ行くンだっての!!」

「あははっ、アクセラレータと一緒ならどこまでもイケそうですね!」

「はァ?」


心底呆れられた声がしたので、調子に乗ったことを少しだけ後悔して走る速度を落とした。ぜえはあと息を切らしながらアクセラレータを見ると、彼も疲れているようで膝に手をついて呼吸を整えている。体力面がウィークポイントというデータは当たっていたらしい。運動する必要がないのだから当たり前といえば当たり前か。
私も何度か深呼吸をして、落ち着いたところで現在位置を確認する。周りを顧みずに走った所為で位置の特定は難しかったが、目に付いた看板やビルで大体の見当はついた。けれども見慣れた屋外が、好きな人が隣にいるというだけで初めて通る裏道を見つけたような高揚感でキラキラと輝いて見える。
ちなみに手は繋いだままだ。


「おい」

「はい」

「さっきの」

「??……ああ!」


何のことを言っているのか分からなくて一瞬首を傾げてみるが、暗に私の能力について聞いているのだと気づいた。とりわけ大した力ではないけれど、あの場から逃げ出すには最適だったとも言えるそれに私は私に感謝した。アクセラレータの正面に立ち、手をぎゅっと握り直して、興奮した私は饒舌に語り出した。


「発光、または光の放射。横文字でThe emission of light。自身を発光させたり無機物、植物、動物、ありとあらゆる物体を光らせることの出来る能力。でも私はまだレベル2なので自分を光らせるだけで精一杯です。だけどさっきの光度は絶対レベル3はありましたね、うん!ああいうのを火事場の馬鹿力と言うのでしょうかね、大好きな人のピンチにさっと相手の目を眩まして颯爽と立ち去るなんて、私格好良い!」

「誰がピンチだ誰が」

「い"っ!?」


鼻息荒く喋り終えた私が気に入らなかったのか、アクセラレータは繋いだ手を強く引っ張った。つんのめって転びそうになるところを、彼の胸で支えられる。あたふたと慌てる間もなく近距離で上を向けと命令された。茹で蛸のような顔を見られたくはなかったけれど、惚れた弱みというやつか、反抗出来るような余裕はなかった。

初めて間近で見る赤い瞳に釘付けになる。アルビノに近い体質をしたアクセラレータの肌は毛細血管まで透けて見えるんじゃないかと思うほど白かった。これで日焼け止めいらずなのだから、私がいくら美白を心掛けたって勝てそうにない。思春期特有の吹き出物もない肌に触れてみたくて、今の状況も忘れて手を伸ばしていた。


「きれい…」


無意識に口から出ていた賛辞にアクセラレータは目を丸くして驚いた。精巧に出来た人形のように白い肌に指先を滑らせて、形も色も薄い唇にたどり着く。えろい。彼が無言でいることを良いことに、このまま触り続けていたかったけれどさすがに自分自身が気持ち悪く思えてきたので手を離そうとした途端。人差し指が食べられた。ぱくり、なんて可愛らしいものじゃなく、がぶりと。




 


T O P

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