*原作ネタバレ
*病んだ実妹
*魔力ない方




かわいそう。かわいそうな兄さん。最後までお父さまの手の平の上で転がされていた哀れな人。

横たわる兄に群がる蟲たちが、兄の命が尽きるのを今か今かと心待ちにしている様子は少しだけ愉快だった。内に入れた蟲に喰われ、外にいる蟲にも喰われるのだというのに、兄の表情は穏やかに笑っていた。まさか義妹を助け出した夢でもみているというのか。ああ、本当に。間桐雁夜という男はどこまで愚かな男だ。
助けるはずの義妹の眼前で蟲どもに喰われていることにすら気付かないとは。

「桜、もう部屋へ戻ったら」

出来る限り優しさを込めて義妹に声をかけると、こくりと小さく頷いて部屋へと歩いていった。彼女のために奔走した結果、彼女を嬲る蟲の餌となった兄を、何も知らない義妹はどう見ていたのだろうか。

義妹が出て行ったのを見届けてから兄のすぐ側まで近寄った。お父さまの計らいにより私には刻印蟲が寄りつかないようになっているけれど、身体から数センチ離れるだけで勢いで手を伸ばしたら私ごと食べられてしまいそうだ。
兄の髪へ手を伸ばすと、蟲はそこだけ避けて兄の身体を貪った。

幼い私の頭を撫でてくれた手が食べられていく。抱きしめてくれた二の腕が食べられていく。おんぶしてくれた背中が食べられていく。笑いかけてくれた顔が食べられていく。食べられていく食べられていく食べられていく食べられていく食べられていく食べられていく食べられていく食べられていく食べられていく食べられていく

兄を食い尽くした蟲どもは足りないというように奇声をあげて蠢きあう。その中の一匹が私の摘んだ髪を物欲しそうに見ていることに気が付いた。

「…おいで」

手の平に髪を乗せて、蟲を呼ぶ。恐る恐る私の指先に触れ防衛の術が発動しないことを確認すると、図々しくも身を乗せて髪を食べた。

「おいしい?」

人語を理解しているのかは知らないが、蟲はキィキィと耳障りな奇声を発した。

間桐雁夜という、愛らしさの塊のような男が不味いわけがない。悲劇に満ちた彼の身体はそれはそれは甘く蕩けたことだろう。その身体を余す所なく喰らった蟲が、不味いということもない。

群れに混じろうとした一匹を捕まえて、私は躊躇いなく刻印蟲を食んだ。





気がつけばお父さまに止められるまで、私は蟲を食べ続けていた。





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T O P

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