※妹設定に




お父さまに命じられるまま、横たわる男の両腕を鎖に繋ぐ。掴んだ手首は、少しでもぞんざいに扱えば骨諸共崩れてしまうんじゃないかと思うほど細かった。
たった一年で、こんなにも人とは変貌してしまうものか。ひしゃげた顔は見るに耐えない醜悪さだが、それでもうっすらと残るまなざしが、私の知る兄であると証明してくれた。魔術回路を持たずして産まれた私を一度も疎まず、蔑むことなく、家族として妹として愛してくれた間桐雁夜その人なのだと、ここへきて漸く安心することができた。
休息をとる兄の邪魔はしたくなかったが、久々に見る彼の姿に心が躍るのを隠せなかった。そうっと頬に触れ、俯いた顔を持ち上げる。おでこの広さや鼻筋や黒子の位置は昔のまんまだ。

「う…ぁっ」

刻印虫に蝕まれる身体が悲鳴を上げ、兄の表情が苦痛に歪む。冷や汗すらかかない額に唇を寄せても、簡単な治癒魔術一つ出来ない私では気休めにすらならないだろう。彼の身体を貪る虫どもが少しだけ羨ましかった。

「にいさん、」

兄を助ける術も邪魔する術も持たない無力な妹は、ただただ涙を流すことしか出来なかった。

「っが!!ぁあああっ!!!」

ささやかな気力すら奪う刻印虫は、強固な精神力で魔力供給を停止させなければ枯渇するまで貪り尽くす。散々虫に侵され憔悴しきった兄の身体は、ほんの一時の休息さえ許されず、僅かに回復した魔力も体力も虫の餌とされてしまう。そのままにしておけばその身ごと喰らい尽くされてしまうのは明らかだった。お父さまなら虫を抑えてくださるだろうと考え、すぐに部屋を出ようとした。
けれど。
嗚咽とともに兄の口から飛び出した黒色にも近い血と、床をのたうち回る虫を目にした瞬間、私は足を止めてしまった。

「兄さん」

一目でいい。一言でいい。私を見て私の名前を呼んでくれたなら、私は全力でお父さまの部屋へ走っていくから。
淡い期待を懐いてもう一度兄の元へ駆け寄る。

「兄さん」

「…く、ら……」

血の繋がった妹の呼びかけに対して返ってきたのは、血の繋がらない義妹の名前だった。

「死んじゃえ」

無意識のうちに出た呪いの言葉は、兄の慕う女に向けたものか義妹に向けたものか、はたまた兄に向けたものなのか分からない。
再び気を失った兄の頬に唇をよせて、私は自室へと戻った。





111109
111116加筆修正

 


T O P

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