「いかないで」


音にしたつもりはなく、心の中で縋った言葉。
けれどどうやら無意識に口にしていたようで隣の神田に聞こえていたらしい。
その証拠にわたしは頬をつねられた。


「足痺れてんだよ」

「いはいです、はなひて!」


座禅を終えて立ち上がろうとした神田は中腰のままぎゅっと力を入れてつねる。
大変痛かった。
でもごめんなさいを言う気にはなれずとりあえず抵抗したら今度はもうかたっぽもつねられた。
のびるのびる。


「どこまで伸びるか試してみるか」

「!!?」


あまりの驚きに声も出せずにいたら冗談だアホと言って神田は手を離した。
神田の手のあたたかさがはなれていく。
あ、やだ。
やっぱり離さないで。


「ダダ漏れなんだよ」

「えへへへへ」


くちが弛みすぎてよだれが垂れそうになった。
その代わりに目尻が垂れた。
やわくつままれた両頬にしあわせをたくさん詰め込んで、わたしはいつまでも笑顔でいるよ。
仏頂面のきみの分まで。


「まじめにやれ」

「えへへへへ」



あたしの愛した人がどうか満たされて生きてゆけますように。




101210

 


T O P

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