俺さあ、お前が死ねってんなら死ねるよ


カーテンが揺れるのを眺めながら荒瀬先生はこっそり呟く。猫みたいな目を細くしてカーテンの向こうを目指しているのだろうか。ここは8階だよ先生。ベッドと先生の距離は私には遠すぎて、白衣から覗く先生の手には届きそうになかった。


「わたしは、死ねって言われても死ねないなあ」

「だろうな」


振り返った荒瀬先生は珍しく笑っていた。
無言で手を伸ばしたら、直ぐに側まで寄ってきて繋いでくれる。手のひらから先生の温度が伝わってきてちょっとくすぐったくなった。繋いだ手をそのまま自分の左胸に押し当てる。


「最後まで側にいたいから」

「……」

「いつかこの心臓が動かなくなる最後の瞬間まで先生といたいから」

「……」

「だから自分で死んだりしないよわたし」


強く強く手を握ったら伝わるかな。
病気に負けても誘惑には負けないよ。苦痛から逃げたりしないよ。耐えてみせる、きっと、ぜったい。ご飯だってちゃんと食べるから。だいじょぶだよ先生。


「おい、こっち見ろ」

「…いまブサイクだからやだ」

「いつもだろ」

「!!ひど、」


先生の言いぐさに思わず顔をあげたら、キスをしてくれた。少し触れただけですぐ離れていったけど、間違いなくキスだった。きっと最初で最後だと先生は知っている。私も知っている。また涙があふれた。






101201

 


T O P

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