中尉がトイレにこもって早四十分。
接待という名の飲み会がやっと終わって帰れるというところでカタギリさんに中尉の世話を押し付けられた。明日も朝早いからさっさと帰って寝たいんだけど。そもそも弱いなら飲まなきゃいいのに。


「すまない、君は帰ってうおええええ」

「そんな状態の上司ほっぽって帰れません」

「本当に申し訳なおぼろろろろ」


もう喋るなよきったないなあ。
きょろきょろと辺りを見回して人気がないのを確認して男子用トイレに入る。雑にノックして声をかけたら、帰るよう促された。まったく人の話聞いてないのかな。この状態で先に帰ったところで明日の朝にはカタギリさんに小言を言われるに決まってる。君なら責任もって介抱してくれると思ったのに、とか言われるところを想像しただけで泣けてくる。尊敬するMS技術士に落胆されるようなことはしたくない。なにぶん負けず嫌いの私は期待されたら応えたくなる性分なのだ。往生際の悪い上司を前にいいから開けろと言葉遣いも雑になる。


「うっ、すまなっ」

「良いですから、ほらお水」


ぺき、とキャップを開けて手渡したら勢いで手首ごと持っていかれた。お陰で見たくもない汚物が目に入る。ブチ殺すぞ。


「んぐ、んぐ、」

「どこのこどもですか」


便座に飛び散った嘔吐物をふき取って本体とともに流す。アデューゲロんちょ。ちょっと献身的すぎないか私。
床に膝をつけたままの中尉を無理矢理起こして便座に座らせる。これだけ出したんだからもう胃の中は空っぽだろうとふんでいたのだが、吐き気そのもは残っているらしく中尉はダルそうに口を押さえていた。


「タクシー呼んでるんで、取り敢えず下に」

「…動いたら出る」

「んなこと言って困らせないでくださいよ。ずっとここにはいられないでしょう」

「そうだ、部屋を取ろう」


再度腕を取られ、おぼつかないさっきと違うしっかりした口調で言い返されたセリフに明らかな故意が感じられる。これはセクハラで訴えられるレベルだ。でも待てよ。一緒に泊まれと言われたんじゃないのだし、中尉一人ホテルの一室に放り込んで私は帰れば問題ないのか。


「ビジネスクラスで良いですよね」

「それでは一人しか泊まれないではないか」

「えーっと、今までの全部演技とか言ったら部署異動申請出します」

「私が許可するはずがな、うっぷ」


顔を真っ青にしながら中尉は俯いた。黙っていればイケメンなのに、思考回路が残念な人だよなあ。中尉がコレ以上駄々をこねない内にカタギリさんに助言を求めようと携帯端末をポケットから取り出した。が、すぐに奪われた。


「私がガンダムにばかり夢中で、うっ、部下が拗ねていると」

「ダリルやハワードはそうでしょうね」

「君は」

「は?」


君は違うのかと問う中尉の青い目が真っ直ぐに私を射抜く。

ガンダムが何だっていうの。あんなものテロどころか地球侵略に近い馬鹿げた行為だ。他国の戦争に問答無用で入り込んで最先端MSを見せびらかしながら正義の味方ごっこしてるような組織の何が面白いってのバカバカしい。フラッグどころかあんな鉄の塊にばかり夢中になる中尉の気が知れない。それが何、構ってもらえないとか意味わからない。


「帰ります」

「素直じゃないな」

「よだれ拭いてください」


ハンカチを置いて帰ろうとしても未だ私の左手は中尉が握っている。残念な人でも上司だ、さすがに振り払うなんて暴挙は出来ない。恨めしくにらむと中尉はハンカチを受け取り口を拭ってからこともあろうに鼻にあてた。


「君の香りがする」


そのドヤ顔やめろムカつく。くんかくんかと臭いをかぎ続ける姿が気色悪くてハンカチを引ったくろうと空いた手を伸ばしたらそちらも捕まった。


「セクハラですよ」

「同意の上だ」

「ちがいま、んん!?」


にやけた中尉が近付いたと思ったら噛みつくようなキスをされた。とっさに口を閉じようとしたものの相手の方が上手だったらしくぬるりとした舌が入ってきた。最低最悪。むりやり侵入した苦味と酸味に私まで吐きそうになる。


「いい加減私の気持ちを受け入れたらどうだ」

「おえっ」


口を放した途端に垂れたよだれが顎をすべりおちる。揺るぎない視線が落ち着かなくて悪態でごまかすけど、中尉は引いてくれないようだ。私にどうしろっていうの。びくともしない両腕に力量の差を思い知らされる。


「私の後ろばかりついてくるくせに、追われると逃げるのか君は」

「そんなんじゃ、ないです」

「ではどんなんだ」

「だからその、あの」


しどろもどもな受け答えで時間を稼いだところで私に勝ち目がないことを悟るけど、別に中尉が好きとかそんなんじゃないし!!どうにか逃げ出したくて暴れるも結果的に中尉に抱き締められているこの状況どうにかして!!







101116

 


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