10'HALLOWEEN


「トリックオアトリート!」


私を見つけるなり満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる中尉にドン引きした。
キラキラとまるでキリンのように潤んだ瞳は同僚に言わせれば魅力的なのだろうが、私には悪意あるものにしか思えない。
現に中尉は私の手やら腰やらをベタベタと触っているし。


「もうすぐ大尉になる人がハロウィンですか」

「何を言う。ハロウィンは立派な慰霊祭だぞ」

「発祥は収穫祭です」

「君は雑学に詳しいようだな」


自分の間違いはスルーか。いい性格してる。
これ見よがしにため息を吐いても中尉にはまったく効果を示さなかった。
面倒事はご免被りたい。私は白衣に忍ばせていたキャンディをいくつか取り出して中尉に渡した。


「ム、何だねこれは」

「赤いのがストロベリーで紫のがクランベリー、白いのはホワイトカラントで」

「味ではない!これはどういうことだと聞いている」


全部ベリー味だということは突っ込まれなかった。懇親のボケだったのに。


「今朝カタギリさんから持たされました」

「よもや親友に邪魔されるとはな…不覚を取った」


うんうん唸っている間にこっそり逃げだそうとしたが、中尉の手は未だ私の腰にある。
セクハラで訴えてやる。


「それは無理だ、上層部がもみ消すだろう」

「それなんてパワハラ…!」


その前に自覚があるならさっさと放して頂きたい。この人に関わると碌な事がない。ダリル曹長やハワード曹長に見つかったらもっと厄介だ。何せキャンディはあと一つしか残ってない。
こうなったら力ずくしかない。
書類を脇に挟んで空いた左手で中尉の手の甲を抓った。


「痛いではないか!」

「良かった痛覚は存在するんですね」

「花子、恥ずかしがることはない。私と君は公認の仲っいたたたた!!」

「マジ勘弁してください」


漸く離れた手から逃げ出すように距離を取る。さっさと用事を済ませてカタギリさんの待つ研究所に戻らないとどんないたずらされるか分からない。
去年は狼男に変装した中尉にキスされかけたのだ。寸でのところでカタギリさんの助けが入ったから良かったもの、あのまま食べられてしまっていたらと考えるとゾッとする。


「大体変装もしてないじゃないですか」

「フッ、私は常に大人しい羊の皮を被っているのだよ」

「へえそりゃすごいや」


呆れを精一杯表現した棒読みも通じなかった。もうやだこんな軍人。こわい。


「仕事残ってるので、それじゃ」

「待て、まだ話は終わっていないぞ」

「そもそも始まってないことに気付いて下さ、い!?」


駆け出そうとして踏み出した足を引っかけられて前のめりになる。マジ何考えてんのこの金髪クルクル大っ嫌い…!


「うぷっ」

「遅いと思ってきてみれば…やっぱり君かグラハム」


固い廊下に倒れ込むところだった私の身体を誰かが支えてくれた。誰かなんて顔を見なくても白衣に染み着いた甘ったるいドーナツの匂いで分かるけれど。
カタギリさんはしっかりと両肩を掴んでくれて、その上中尉に苦言を呈してくれる様だ。
中尉ザマァ


「スキンシップも大概にしないと仕事に支障を来すよ」

「彼女に触れなければ私も仕事に身が入らないのだよカタギリ」


分かってくれカタギリ。
中尉は大袈裟に身振り手振りで落胆を表していたが、そんなものもう見飽きた。
私はさっとカタギリさんの後ろに隠れて中尉を睨みつける。


「花子、そんなに熱い視線を向けられては私のソニックブレイドが堅く滾るではないか」

「うわあああんカタギリさんこの人怖いよおおお」


ぎゅっとカタギリさんの白衣を握り締めて泣きつく。背中に額を押し付けて中尉から見えないように縮こまった。
こんなのが次期大尉とか間違ってる。上層部こわい。


「グラハム、君はお菓子を貰ったんだろう?」

「ム、まあ確かに」

「可哀相にこんなに怯えてるじゃないか。暫く花子君には外回りさせないから」

「それならそちらに出向くまでだ」

「僕が入室を許可するとでも?」


それなんてパワハラ…!と中尉はどこかで聞いたようなセリフを言ったきり黙ってしまった。ザマァ!中尉ザマァ!

カタギリさんは私の手を引いて研究室まで連れて行ってくれた。持つべきものは頼れる上司だ。これで安心して仕事が出来る。


「面倒かけてすみません。すごく助かりました。」

「いや、それよりも花子君」


カタギリさんはキャンディを口にして抱えていた書類やファイルを机に置いた。


「トリックオアトリート」

「へ?」

「トリックオアトリート」


聞き返しても同じセリフが返ってきた。カタギリさんもハロウィンとか好きなんだろうか。あ、だから今朝キャンディ持ってたんだ。そのお陰で私はなんとか中尉にいたずらされずに済んだし、感謝の気持ちを込めて残ったキャンディを返そうとポケットに手を入れた、けど。
ない。キャンディない。おかしいな確かに一つ残しておいたのに。勘違いか?


「……えと、すみません全部中尉にあげてしまったのでお昼にドーナツでも」


どうですかと言い終わる前に大きな影が覆い被さった。


「!!!?」

「ごちそうさま」


ちゅ、と音をたてて離れていったカタギリさんは満足そうに笑みを浮かべてパソコンに向かった。
何が起こったのか理解できずに戸惑う私の口の中には甘いキャンディが転がっていた。



狼青年
101103

 


T O P

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