「ただ今戻りました」


自らが操縦しないモビルスーツへの搭乗、その上補助席どころか人の入るスペースなどないアリオスガンダムの乗り心地は最悪だった。
マイスターであるアレルヤ・ハプティズムは長い間拘束具に縛られ五体不満足に生かされてきた所為か、フラフラと頼り甲斐のない手付きでの操縦、定まらない視点と不気味な隈がより一層不安感と嘔吐感を引き起こした。
二度とガンダムなんかに乗るものか。


「長期間の任務、ご苦労だった」


ふわ、と切り揃えられた紫色の髪を優雅に靡かせてティエリアが出迎えてくれたが、私はすぐにでも自室へ向かいたい気分だった。
アロウズで得た情報はデータにまとめて先に報告してあるから、私は既に用済みに違いない。
一言でも口を開けば暴言とゲロしか出てきそうにないので、大した挨拶もなしに彼の横を通り過ぎようとした。


「…どうかしたのか」


廊下を走るレバーを握るために出した手を即座に奪われ、これでもかってくらいに顔を近付けてきたのは刹那・F・セイエイだった。
四年前に消息を断った彼がソレスタルビーイングに戻ってきたことは聞いていたが、四年前とは印象が随分と変わった。
というか他人に触れることを一番に拒んでいたはずなのに、なんで私の手をがっちりと握っているんだ。痛いし。


「アロウズで何かされたのか」

「……そんなんじゃ、ない」


腹筋に力を込めて、食道を這い上がってくるものを抑えこむ。
今にも爆発しそうで吐き出してしまいそうで、怖かった。

刹那は私の返答に納得いかない様子で、手を放してはくれなかった。
力いっぱい振り解こうとしても、男女の力量の差か日頃の修練の差か、とにかく刹那の手は私の手首を捕まえたままだった。


「…なぜ泣いている」

「泣いてなんか…!」


いない、と続けようとして初めて自分が泣いていることに気が付いた。
いつからだろう。…アリオスに乗った頃から?
そうだとしたらアレルヤにも見られているはずだ。最悪すぎる。


「もう…いやだ……」

「何がだ」

「もう二度とスパイなんかするもんか!ずっとずっと、誰にも心を許さないで情報収集だけなんて私に出来っこないんだ!友達くらい、できちゃうんだ……っ!
どうした、なんてよく聞けるよね。私は私を大切に想ってくれる人を、裏切って、置いて…」


一度吐き出してしまったら後はもう洪水だか津波だか、流れるように出し切った。
涙もぼろぼろと溢れてきて、正に顔面崩壊だ。ルイスが見たら大爆笑したに違いない。
みっともない嗚咽と鼻を啜る音だけが鼓膜を支配して、誰が何を喋っても私には聞こえなかった。
ルイスはきっと、もう、私と顔を合わせてはくれないだろう。
私も、もう、真っ直ぐに自分さえ見ていられないくらい、目の前は真っ暗だった。




またあいたいとねがってしまう
090220

 


T O P

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