私が駅三つ離れた図書館に毎週通う理由は、一度だけ言葉を交わしたことのある男の子に会う為、それだけだ。
落とした貸し出しカードを探している時に、拾ってくれた人。黒い癖っ毛に、夏なのに薄手の長袖で、色の白い、かっこいい子だった。
年は多分、私より下だと思う。何となくだけれど。


(今日もいない、かな)


一通り見て回って、息を吐く。
最近あまり見なくなったんだよなあ。土曜か日曜の午前中には必ず来ていたのに。ああ寂しい。
陽当たりの悪い暗い隅の席に座って、適当に選んできた絵本を開く。読書はもともと好きな方だけど、文字を追うことに集中しすぎて彼に気付けなかったら本末転倒なので、館内では絵本と決めている。


(あ、これ昔読んだことあるな)


二匹のネズミが材料を集めて焼き菓子を作る話のその本は、小さい頃家にもあった気がする。母親に読んでもらった後、必ずパンケーキを作ってと駄々をこねたことも覚えている。
あの時は何でも出来たなあ。無垢ってすごい。

梅雨入り前でじめじめした空気が鼻腔を掠めて、気分まで湿ってきた。
名前も知らないような男の子追っかけて休日潰して、何やってんだか。

深く息を吐いて、本を閉じる。否、閉じようとした。


「まっまだよんでいないのです…!」


隣から聞き覚えのない声がして、驚いて顔を向けたら、いぬ?がいた。え、いぬ?


「うわあ!?」

「おぶぶっ」


びっくりして勢いよく立ち上がったらガタタッと机も揺れて、いぬもイスから転がり落ちた。ついでに絵本も。
謝ったら良いのか、外に連れ出せば良いのか判断がつかずに呆けてたら、冷たい視線が体中を貫いていることに気が付いた。


「す、すいません…」


図書館ではお静かに、の貼り紙が目にいたい。
落ちた本を拾って、ついでにいぬも抱えて取り敢えず図書館を出ることにした。なわっなわっと変な鳴き方をするいぬには後で突っ込むことにして、冷や汗をかきながらカウンターで手続きを済ませて外へ出た。
ううう、災難…!!
「なかにはまださくらが!」

「桜?いやそれより図書館はペット禁止なんだから飼い主見つけないと…!!」

「なわっ!?わたくしめはペットではなくおとうとなのです!ひのリリエンタールともうします!」


日野って、あの日野博士のこと?だったら確かにいぬが喋るのも分かる気がするけど…動物が喋れる薬とか開発していそうだし。いぬ型のロボットだって造れそうだし。
それでもいぬはやっぱりいぬで、弟を名乗るだなんておかしい話だ。まあ日野博士のやることはどれもおかしいんだけどね。


「じゃあ、日野さんとこのお兄さんか妹ちゃんと一緒に来ているの?」


いつも笑顔を絶やさない長男なら、商店街で何度か見かけたことがあるし挨拶もしたことがある。引きこもりだと言われている妹ちゃんは、早朝に裏山へ向かう姿をお父さんが見たと言っていた。私はまだ見たことはないけれど。
どちらが連れてきたにせよ、弟というくらい家族として扱っているなら目を放さないでしっかり手を引いてもらわなくちゃ。


「あにうえはおしごとで、てつこはたんれんがあるのできょうはさくらといっしょなのです」


中にいるってさっき騒いでいたのは人の名前だったわけね。責任もって面倒みてもらわないと、周りが困るんだからって一言いってやらなくちゃ気が済まない!
別に八つ当たりじゃないから。断じて違うから。

いぬの小憎たらしいくちびるを上も下もひっつかんで桜とかいう保護者の場所を聞き出した。


「うぶっうぶっ」

「ほらほら桜はどこにいるのよ〜」


と聞きかけた口をすぐに閉じるハメになる。


「小動物いじめてんじゃねーよ」

「ぶはっ!さくらー!!」


急に話しかけられた驚きで手を放した隙にいぬは私の後ろにいるであろう桜に向かって走っていった。

何がいじめてんじゃねーよ、だ。弟ほったらかしている奴が正義の味方みたいなセリフ言ってんじゃないっつの。
振り返ってそこらへん突っ込んで黙らせようと思ったけれど、桜と対面した瞬間に思考が止まった。

「悪いな。本探すのに夢中になってた」

「さくらはわるくないのです!」


嬉々とはしゃぐいぬに、桜は不器用そうな微笑みを向けた。





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(…あ?お前が驚かした?)(だからわるくないのです!)(あわわわわ…!)



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100513

 


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