ソレスタルビーイングの理念。それはこの世界、地球上から戦争を無くすこと。三つに別れ、互いに互いを支配することしか考えない人類を一つにまとめて平穏に暮らせるよう導くこと。 その道標になるべく、イオリア・シュヘンベルグによって創設された組織が、わたし達だ。 わたし達は必要とされていた。人類を正しい方向へと導いていくはずだった。けれど。 道標は道を指し示すことが役割なのだ。 それ以上でも、それ以下でもない。 人類がわたし達の示す道を歩んで行けば、標の役割はそこで終わりだ。 「こんな、こんな……っ!」 「…フェルト」 「消えいく運命なら最初から知らされていたかった!みんなあんなに必死で戦ったのに、これが定められた最後だなんて…っ!!」 ラッセ・アイオン、スメラギ・李・ノリエガと共に組織の拠点であるスペースコロニーへ避難したフェルトは、まるで感情が爆発したように泣きじゃくり叫んでいた。 普段の彼女からは想像も出来ない様子に、わたしは為す術もなくその場に立ち尽くすしかなかった。 ただ呆然と、襲撃を受けて荒れた基地内を見ていた。 こんな時、ロックオン・ストラトスならなんと言って励ますのだろう。 何も言わず、フェルトの震える肩を抱き締めたら良いのだろうか。 きっとわたしがそうしてみた所で、なんの意味も為さないのだろうが。 「これが最後なんて、嫌よ…っ」 そうだね、と応えられなかったのは、きっとどこかで諦めていたからかも知れない。 強く強く歯を食いしばり、もう泣かないと背筋を伸ばしたフェルトを見て、自分が恥ずかしくなった。 ■ ――あれから一年と四ヶ月が過ぎ、ティエリア・アーデを指揮官として新設したソレスタルビーイングは着々と来るべきその日に備え設備を大きくしていた。 フェルトは悲しみを忘れようと必死に新システムの製作に明け暮れ、少しばかり窶れた。 思春期だというのに背と髪ばかりが伸びて、色気の欠片も感じさせない彼女に文句をつけると、髪型だけはそれなりに整えるようになった。クリスティナ・シエラを模したその結び方に、痛々しい笑みを浮かべるのは周りの人間だけで、フェルト本人はかなり気に入っている様子だった。 「フェルト、ご飯食べよ」 「もう少し待って、ここの調整が今一つ…」 「そう言ってもう一時間も待ってるよ。行き詰まった時は少し休憩して見直した方が良いってば」 「そうかな…。なら、ご飯にする」 「最初からそうしなさいって。もうお腹ぺこぺこ!」 「花子、待っててくれてありがとう」 「…どういたしまして」 面と向かってお礼を言われるのには慣れているはずなのに、どうして毎回胸の辺りがむず痒くなるのだろう。 日に日に笑う回数が増えていくフェルトに対して、私は笑顔で応えられているだろうか。 彼女はこんなにも自信を取り戻し、胸を張って歩いているのに。どうしてわたしはまだ後ろめたい気持ちになるのだろう。 「花子、手を握っても良い?」 「どうぞ」 あくまで平静を装い左手を差し出すと、フェルトはそれを両手で優しく包んだ。 ほんの少しはにかんだ表情は彼女が照れた時に見せるもの。恐らく、わたしにしか見せないもの。 ロックオン・ストラトスさえ見たことがないに違いない、と優越感に浸っているとフェルトは急に手を強く握って、年の割には大きな胸に引き寄せた。 突飛な行動に首を傾げてみても、彼女はじいっと床を見つめて口を開かない。 何か悩んでいることでもあるのかと聞いたら、首を左右に振って否定した。 「あのね、花子」 「うん」 「ありがとう。ずっと側にいてくれて」 あの悲惨な終末から私を救ってくれて。と。 フェルトは照れ臭そうに頬を赤くして首を傾げて見せた。 わたしに、フェルトを救ったつもりはないのに。 自分自身の体裁の為に組織を抜けると言い出すことも出来ず、ズルズルと居残り、行き場のない羞恥心を隠すつもりで与えられた仕事をこなしてきた。 ここからまた始めようと気力を取り戻したティエリア・アーデにがっかりしたこともあった。 そんなどうしようもない臆病者に、誰一人救うことなんか出来ないのに。 「花子…?」 「ううん、なんでも」 涙と一緒に吐き出してしまいそうな本音を押し込めて、わたしも手を握り返した。震えが伝わらないように、強く。強く。 Remedy (きっと、これから) Remedy music by 坂本真綾 090308 T O P |