「被検体H-38、前へ出ろ」


名を呼ばれ、立ち上がる。幾人もの被検体がいる中で、私が特別に選ばれた訳ではなく、順番が回ってきたというだけだ。
超兵へと成る可くして産み出された彼の人とは違う立場。
しかし、ここに長くいすぎた所為か、私はどうして私がここにいるのか判らない。
私の前の番号の彼女は、生活苦で仕方なしに売りに出されたと言っていた。後ろの彼女も、似たような理由で自ら望んだ結果ではないと嘆いていた。
私は如何なる理由があってここに所属しているのか判らない。これも実験による脳への影響なのだろうか。


「では実験を開始する。」


本日のメニューは戦闘。殺さない程度に相手を負傷させ自らは傷を負ってはいけない。勿論私にだけ課せられた内容ではないから、相手も本気で仕掛けて来る。負ければ、そこで終わりだ。

死にたく無いが、こんな生き方は早々に終わらせたい。所詮ここに生きる私達の命に価値なんていくらも無いのだ。研究者の好き勝手に生かされて殺される。


「実験終了、負傷した被検体は廃棄で構わない」

「H-38はどうしますか」

「今はまだ様子を見る。だが危険視レベルがA+に上がり次第廃棄しろ。」


嗚呼、研究者はどんな権限を持って私達を弄ぶのだろう。感情は怒りとなるが、脳はそれを受け付けず、叫ぶ事も泣く事も出来ない。哀れだ。
舌を噛み切る勇気も無い。意図的に廃棄されるよう仕向ける度胸も無い。ただ緩慢に、今が終わるのを待つだけ。


「あっ頭が…いたい!!」


突然一人が立ち上がり、頭を抱えて呻きだした。実験の後遺症だろうと誰もが思ったが、一人、また一人と頭痛を訴え出し研究者も眉を顰めた。

脳量子波の連鎖反応。

制御せず、だだ漏れた量子が脳味噌をかき回し、思考を停止させる。
屋内には非常事態警報が鳴り響き、破れんばかりに鼓膜を揺らされて、頭痛に拍車をかけた。
重たい頭を上げ周りを見れば、研究者はデータやら資料を持ち出そうと必死で私達には目もくれない。大した根性だ。腐っている。

『殺す必要があるのか?――彼らを保護して』

『甘いな。――俺は俺を守るために戦う!』


砂嵐のようなノイズに混じって、聞いたことのない男の人の声が脳を刺激した。
誰だ?私達を殺そうとしているような、躊躇しているような、声は一人なのに二人で言い争いをしているみたいだ。


『引き金ぐらい感情で引け!己のエゴで引け!無慈悲なまでにッ!!』


嗚呼、終わりだと思った。何処の誰とも知らない人に殺される。なんて呆気なくて楽な死に方だろう。自分の意志でもなく、研究者の意思でもない。

頭蓋骨まで割れてしまうんじゃないかと思う程の叫びが脳内に溢れ、爆発音と共に建物が揺れる。
どこからともなく火の手が上がり、小さな一室は一瞬で炎に包まれた。

声の主はどうしただろうか。殺すことに躊躇する一人と殺したがるもう一人。どちらも私達を想っていてくれたような、そんな気がする。
死に際に、私にもまだ誰かに感謝する感情が残っていたことに驚いた。
彼らに私の声が届くだろうか。地獄を地獄とも思えない生活から救ってくれてありがとうと、届くだろうか。








「おい、聞こえたかアレルヤ」

「ああ。勿論」

「お前がやった事は少なくとも一人には感謝されたって事だ。良かったじゃねえか」

「うん……そうだね」

「ケッ、辛気臭ェ顔すんなよ。戦いはこれからだぜ?」





In that way I lost the world.
(――目が覚めて、私は生きていることに絶望した)



そうして世界は失った。
090410

 


T O P

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