日野家の長男は天才で秀才で、性格も悪くない。悪くないどころか彼と話して彼を悪く言う人間などどこにもいない。
柔らかな物腰とすべてを許してくれるような笑顔。きっと人間以外の動物でも彼を気に入るに違いない。

そして周りが彼を好きなように、彼も他人が好きだった。どんな人にも同じ笑みを向け、犬でも猫でもとにかく彼は周りを愛した。
きっと彼は世界中を愛しているに違いない。


「だから、きらい」


私を見る目は桜を見る目と変わらない。私の名前を呼ぶ声は、雪を呼ぶ声と何一つ変わらない。
全てに平等なんて、私には無関心と同じだ。一番好きにもなれなくて、嫌われることもできなくて、一体どうしたら彼の特別に選ばれるんだろう。

ずずっと鼻をすする私にてつこちゃんがティッシュをくれた。


「あんなののどこが好いのよ」

「すきじゃ、ないもん。きらいだもん」


溢れ出す涙と鼻水を吸ってティッシュが汚れていく。こんな嫌な感情も一緒に吸い取ってくれたら良いのに。
すんすんと鼻をならす私の頭を何かが撫でる。何かなんて見なくても分かった。てつこちゃんだ。
昔から泣き虫の私を泣き止ませることが出来る唯一の、ぎこちないけど優しい手だ。


「ねえ、このままてつこちゃんを一人占めしたら、お兄さんは困るかな」

「さあ?兄貴よりもあたしが困るんだけど」

「そっか」


部屋にはカギをしてあるし、てつこちゃんの部屋はマリーちゃんの力でおばけになって入ることを禁止してある。破ったらてつこちゃんの制裁が下るのできっと無理には入ってこないだろう。
こちらから開けない限り、誰も入ってはこれない。

振り返っててつこちゃんをぎゅっと抱きしめたら、二人してベッドに倒れ込んだ。


「ちょ、花子!何すんのよ」

「私てつこちゃんと結婚する!」

「はあ!?」


「そうなるとお兄さん困るよね」

「あたしだって困るっての!!」


じたばた暴れる両腕を無視して私に出せる精一杯の力で抱きしめる。
一番好きになってもらえないなら、一番厄介な人間として覚えてもらった方がマシだ。
困らせて困らせて、もっと困らせて疲弊させて困憊させて。私を特別視してほしい。好きじゃなくて良いから。みんなと同じ好きならいらないから。
私だけ見ててほしいから。

「だからてつこちゃん、協力して!」

「 絶 対 イ ヤ 」


すぐに投げ飛ばされました。




い大きになんてなりたくない
(だって苦しいだけじゃない)
100512

 


T O P

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