昔から憧れていた。
竹を割ったような性格と全てを呑み込んで流してしまう滝に似た笑顔が好きだった。
圧倒的な力を持ち、でもそれを支配力として使わない國子が花子は好きだった。


「國子様」

「ん?何だ花子か」

「長い間、院からお救い出来ず申し訳ありません」

「何だよその武彦みたいな喋り方、似合わないぞ」


國子はけたけたと笑いながら足下で砕けたコンクリート壁の欠片を投げつける。
花子はそれをギリギリで避け、自らも反撃した。
――二人がまだ幼い頃にモモコに教わった『誰が一番避けられるかゲーム』はどちらか一方が負けを認めるまで終わりが無い。


「花子は一度も私に勝てなかったよな」

「昔と今では、違います」

「おっ!強気だなー面白い!」


國子が囚われていた二年間、何もせず待っていた訳ではない。武彦と組み手をとり力を付けた。モモコの店の掃除を買って出て瞬発力を鍛えた。ダンスを教わって柔軟性を養った。

全ては國子が戻って来た時に側にいられるように。
戦場で足手纏いにならないように。


「どうした、息が切れてるぞ!」

「…ぶっ!!」

「ははは!まだまだ弱いな、花子は」


飛んできた瓦礫を避け損ね、モロに顔面で受け止めた。
鼻骨が折れていないのは幸いだったが、内側を切ったらしく鼻血が口周りを汚していく。
花子はシャツの袖を千切り取って血を拭った。
いつまで経っても血の味には慣れない。


「なあ、花子ー」

「はい」


いっそシャツを鼻に詰めようとした腕を突然引っ張られて、花子は前に倒れそうになる。
こんな距離で國子の拳を避けられるほど俊敏ではないし、受け止められるほど頑丈な鼻骨は持っていない。
どこか良い整形外科医をモモコに紹介してもらわなくちゃな、と唯一自慢の鼻を諦めた次の瞬間。頬に当たったのは柔らかい布地だった。
「國…?」

「ははっ!やっと呼んだ!」


予想外の感触に、花子は閉じていた両目を恐る恐る開けた。
視界の端に國子の項を見つけて、やっと自分が抱き締められているのだと理解する。

汗のにおいとは別に、懐かしい香りが鼻孔を擽って、花子は無性に泣きたくなった。


「相変わらず泣き虫だな」

「泣いてない!」

「嘘吐け、もうぐちゃぐちゃのドロドロじゃないか」

「は、鼻血だもん…っ」


小さい頃から、花子がぐずぐずと鼻を啜ると國子は頭を撫でてくれた。早く帰って飯でも食えば元気になる、と花子の好きな笑顔で手を引いてくれた。


「ただいま、花子」

「おかえ…っなさい……!」


自分と同じくらい細くて小さな國子の胸で、花子はたくさん泣いた。
昔と変わらないまま、國子が笑いながら頭を撫でてくれている事が側にいても良いんだと言われているみたいで、二年間悩んでいたものは涙と共にサッパリ流れてしまった。


「國、國…!」

「ほんと泣き虫だなぁ」




090525

 


T O P

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