その手を差し出してくれる?

紅葉いつヒマ?

絵文字、改行すらもない。シンプルすぎる一行メールを見て、思わず苦笑いがこぼれる。

彼、緋勇龍麻からのメールは、いつも簡素だ。

メールですら多弁にはなれそうにない僕は、返信に困り、結局電話をかけることで用件を済ます。

声が聞きたかった訳じゃ、無いんだからね。

耳をくすぐる君の甘い声は、いつも僕にそんな言い訳をさせてた。

「じゃあ、明日」
約束を交わし、携帯の通話を切る。
龍麻と会えることに喜んでるのを、肌で感じた。
頬が、僅かに熱い。



好きだと、言われて。
好きだと、言い合って。

たまには、肌を触れ合わせて。

恋人のような、男友達のままのような。
龍麻と僕はそういう関係を、出会いの日から高校を卒業しても、築き続けてきた。

君は、会いたい日にだけ、僕に会いたい?

ほんとうは指が触れる距離に何時も居たいだなんて。
終わってる意見すぎて、君に言えるわけがない。



新宿の街は、何時も通り人出が多く。
僕は人波をすり抜けて、目的地へと急ぐ。

冬の空気は、気持ちがよい。
それが雑踏の、汚れた空気でもね。

龍麻はオープンカフェの外席に座り、ぼんやりと空を眺めていた。
紫色の派手なダウンジャケット。
外席に座った癖に寒いのか、ポケットへ手を突っ込んで。

「紅葉」
僕に気付いたのか、龍麻が軽く手を挙げる。
「なんで、外の席にいるの?」
店内は混んでいるの?と聞く前に、返答が来た。

「紅葉が来たとき、すぐ分かるだろ?」
それに、これがあるから寒くはないと。
僕が君に編んであげたマフラーを、大事そうに頬へ押し当てて。

「紅葉、寒い?なら、店の中へ移動する?」
「いや、僕もここで構わないよ」

人好きのする笑顔を見せられ、胸がどきりとする。
龍麻にそれがバレないよう、僕は何か飲み物を買うため、店内へと逃げ込んだ。



「・・・で、今日はどこ行くの?」
待ち合わせ場所が決まっていただけで、君とのデートは何時もノープランだ。
(デート・・・?)
自然に浮かんだ言葉が照れくさく、紅茶を飲んで誤魔化す。

君と僕がこうして会うのは、デートと言えるんだろうかね?

「付き合ってよ」

付き合ってるんじゃないのかい?君と僕は。
そう最初に言い出したのは、君の方だ。

そうでなければ、君に僕の想いを伝えることなど、生涯出来なかっただろう。

「まぁ、紅葉が手ぇ貸してくれるなら、俺も楽だし」

手を取られる。冷えた肌が、触れ合う。
温かさを互いに分け合うように、しばらく手を繋いだ。

「紅葉、俺の話聞いてる?」
「う、うん。聞いているよ。もちろん」

手首を撫でる君の指が気持ち良くって、ちょっとだけぼーっとしてしまったとか。
(言えると、思う?)

長めの前髪が、ふわりと揺れる。
すっと顔を寄せてくる君に、思わず腰が引けた。
香水の匂い、不快じゃない程度の。
視線が、近距離で重なる。
形の良い唇が、意地悪げな角度で薄く笑った。

「・・・ち、近いよ龍麻」
「だって俺の話、聞いてねーんだもん、紅葉」

くつくつと楽しげに笑い、龍麻は僕から顔と手を離す。
龍麻はすごくたまに、すごく意地が悪い。
イスの背もたれに寄りかかると、足を組み、ポケットの中を探り始めた。

「なんかちょーし悪いなら、お部屋デートにでもする?」
「悪く、ないよ」

龍麻が言う“デート”に嬉しさを感じている僕は、かなり馬鹿だ。

「如月に頼まれてんだよね」
「・・・何を?」

胸ポケットから発掘された携帯を手渡され、画面を見る。
如月さんからのメールが表示されていて、本文には何て読んで良いか分からない単語が並んでいた。

「後から現物の写真も送るとか言ってたけど、絶対忘れてるよな〜。アイツ」
ぬるくなり始めたであろうコーヒーを喉に流し込むと、龍麻は肩を呆れたときの仕草で上げる。

(付き合って、て。・・・コレか)
状況が、分かってきた。

高校在学中から龍麻は、如月さんのところでバイトをしていた。
バイトと言っても骨董品店の店員になってるわけではなく、商品仕入れの手伝いだ。

「また、母校に忍び込むのかい?」
「ん、まぁな。先生に見つかったら、ヤベェけど」

あの学園の下に広がる闇、魑魅魍魎の世界。
あんな得体の知れない危険な場所に、仕入れとか言って行く龍麻も、行かせる如月さんも信じられない。

僕は自分の仕事を、まるっと棚に上げ、本気でそう思った。

「でも、急ぎじゃないんじゃないの?」
メールに書かれた、読めない漢字の羅列。
それ以上の資料がないんじゃ、何を持ち帰っていいのか分かるはずもない。

龍麻は同意して頷くと、表情を真剣なものに変えた。
凛々しい、と言って差し支えない瞳に、見惚れそうになる。

「そうなんだけどさ。リアルな話、車検が近いんだよねー」
「ほんとにリアルな話過ぎて、ビックリしたよ」

ああ、君の言いたいことは、こうか。

あの物騒な母校下の地下迷宮に好き好んで出掛けて、魍魎共を倒し。如月さんに売れそうなものを何か適当にゲットして、小遣い稼ぎをしたいと。

「君は将来、トレジャーハンターにでもなるつもり?」

俺は体育の先生になるんだ〜とか言って、大学に通ってるんだと思っていたのにね。
龍麻は僕の言ったことがツボに入ったのか、ゲラゲラと笑った。

「まぁ、そんなワケだからさ。調子悪くないなら、今日はサクッと付き合ってよ、旧校舎」
「・・・それ、デートで行く場所じゃないよね。確実に」

心に秘めておく予定の拗ねた言葉が、つい声に出る。
龍麻は困ったように頭を掻くと、立ち上がった。

「悪い。この埋め合わせはするからさ。手ぇ貸してよ、紅葉」

そう言いつつ差し出される手を、僕が拒めるはずがない。

君の手を掴むと、強い力で引き寄せられた。
素早く顔を寄せてきた龍麻が、耳元で甘ったるく囁く。

「ば、馬鹿だろう?君は・・・ッ」

君の体温も、吐息も、その声も。
僕を柄にもなく赤面させるには、充分すぎて。
反射的に出てしまった蹴りを、ひょいと交わすと。
龍麻はおどけた表情で、もう一度僕に向かって手を差し出した。

まるでダンスにでも、誘うかのように。

「・・・仕方ないね」

君に請われることを、僕が拒否できるわけはない。
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