リクエスト作品 | ナノ







「……」

ジョズはふと思い出していた。数か月前にナマエが作ってくれたレモンパイのことを。

「(あれは美味かったな…)」

元々甘いものが嫌いではない質であったこと、仕事漬けで極度の疲労状態にあったことも相まって、ジョズはそれを大層気に入った。ただ、ナマエが作ったものはナマエ大好きクルー達(主に特攻隊隊員とエース)によって数分で食堂から消えてしまうため、ジョズの口に二度入ることはなかったが。後ろ髪を引かれる思いで食堂を後にしたのは、あれで一体何度目だっただろうか。…閑話休題。

また作ってもらえないだろうか、そう思ったジョズが取った行動は一つ………食堂へ向かうことだった。



「ナマエ」
「お、ジョズ!良い所に来たな」

食堂に通じる扉を開けた瞬間、鼻腔に広がるレモンの香り。まさかと思いキッチンの奥で動いていたナマエに声を掛けたら、円状のトレーを持ってカウンターから出てきた。

「それは…」
「この間作ったのと同じレモンパイ。アレ気に入ってたろ、ジョズ」

気に入っていた。確かにそうだ。けれどもジョズがそれを表情に出したのは僅か一瞬であっただろう。その一瞬をナマエは見ていたのだろうか、と思うとジョズは何だか気恥ずかしくなって頭を掻いた。

「もう一個焼いてるんだけど、そっちのはメレンゲを乗せてるんだ。良ければそっちも食べてくれ」
「……あぁ、ありがとう」

ジョズが座った机に以前作ったものと同じパイ生地を乗せたレモンパイ、そしてほんのりと焼けた白いメレンゲの乗ったレモンパイが並ぶ。

「おや、今日は色々と作ったんだなナマエ」
「まぁな、コック達から許可貰ったんだ。後でアップルパイも焼こうと思ってるんだが、ビスタもどうだ?」
「それは楽しみだ。是非とも頂こう」

ジョズの向かいに座っていたイゾウが楽しそうに笑う。ナマエが切り分けたパイを机に座る面々に渡し、皆がそれを嬉しそうに受け取るでビスタが首を傾げた。

「それにしても…」
「ん?」
「ナマエがアップルパイを好きなのは知ってるが、何でレモンパイも作ったんだ?特別な好物というワケではないだろう?」
「あ、確かに。それ俺も思った」

ビスタの言葉にハルタも頷く。周りも同じように頷き、ジョズもそういえばそうだとナマエを見る。当の本人は既にレモンパイを齧り、黙々と咀嚼していた。

「…んぐ、あぁ…それは、まァ…な…」

珍しく歯切れの悪い返事だった。あまり話したくない内容なのだろうか、と考える前にハルタが身を乗り出して声を上げる。

「ね、教えてよ!」
「んん……そうだなァ…」

一口紅茶を啜ったナマエは、何かを思い出すように空中へと視線を向けた。



「フーシャ村にいた時に読んだ、とある小説の話なんだが」

そう一言置いてから、ナマエは話し始めた。

「その小説の中でな、娘が母親の得意料理のレモンパイを取り合うくらいに好んでいたんだ。それがこんなやつで」

と、メレンゲの乗ったレモンパイを指す。それはまだほんのりと湯気が立っている。

「もう一つは別の小説の中で……んん、何て言ったらいいのか…主人公の好物ってことで、主人公の初恋の女が幼馴染の女にレモンパイのレシピを教えることになったんだが、出鱈目なレシピを教えたんだ」

パイ生地の乗った、香ばしい香りのするレモンパイ。中にはとろけるクリームとレモンのフィリングが入っていて、その味も頬がとろける程に美味であることをジョズは知っている。

「初恋の女は、その幼馴染の女が作った不味いレモンパイを主人公に食わせて嫌わせてやろうと思ったんだ。だが、幸か不幸か幼馴染の女はそのレシピで美味いレモンパイを作り上げた」

「こんな香ばしくてとろけるようなレモンパイは初めて食べたよ!今までに食べたものの中で一番美味しい!」

「それが主人公が吐いた嘘だったのか、それとも本当に美味しかったからなのかどうかは分からないけどな。初恋の味よりも美味しいと言ったそのレモンパイを、俺も作ってみたくなったんだ」

サク、とナマエは一口パイを齧った。

「ファーストキスはレモンの味っつーけど、初恋はレモンパイの味がすんのかなァって」

サクリ、とまた一口。

「……ナマエってさァ…」
「………あぁ」
「……いつもあんなに格好いいのに…何で、こう…突然こんな…」
「…言うな」
「?」

頭を抱え始めたハルタとイゾウ。その隣ではビスタが微笑ましそうに頬を緩めていた。机の端で話を聞いていたサッチとマルコは机に突っ伏して動く気配もない。

それぞれの反応にナマエは首を傾げるが、そんなナマエにジョズはポットを差し出した。

「…ナマエ、紅茶のお替りはどうだ」
「ん?…あぁ、もらう。ありがとう」
「…ジョズ、俺にも淹れて」
「ハルタは自分で注げ」
「えぇ〜…」





甘い?甘酸っぱい?香ばしい?
(どれも美味しい初恋の味)



→後書き+懺悔


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