「うぅ…」
「ナマエ、どうしたんだい?」
頭を抱えて唸るナマエ。その珍しい光景に首を傾げたが、ふと一つだけ思い当った。今日は、月末。
「……エースかい?」
「…ついでにセツもな」
やはりか、と溜め息を吐かずにはいられなかった。あの二人は何かしらナマエにストレスの原因を与えることしかできないらしい。よくよく考えれば、確かナマエは先月末も先々月末も、あの二人のせいで眉間に酷い皺を寄せていた(あと蟀谷に血管が浮いていた)気がする。
「今日は何があったんだい?」
「…いつも通りだ。エースは先々月からの書類停滞。セツはまとわりついてきて仕事にならん」
「…いつも通りだねい」
エースの仕事の怠け癖はもう治りそうもない。と誰しもが諦めている。(ナマエはどうにかして治したいようだがねい。)そしてセツのナマエLOVEなあいつがどう頑張っても自重するとは思えない。だが、
「少しでもいいからあいつらから解放されたい」
…ナマエが死んだ魚の目をさらに腐らせたような目になってるのを見たら、そうも言ってられない。あの元凶二人組を今すぐシメたいという気持ちをどうにかして抑え、とりあえずナマエの気分転換をさせてやろうと思う。
少し乱れている髪が散らばっている頭から離れ、力なく下ろされたナマエの手を掴んでゆっくりと引いた。
「ナマエ」
「んー…?」
「甲板、行くよい」
きょとんとした顔でこちらを見るナマエに、笑って甲板へと足を向けた。
≡≡≡≡≡≡
青い空と海が視界いっぱいに広がっている。隣をカモメが通り過ぎるのを見て、先程までのイラつきが自然と落ち着き始める。ふ、と息を吐いてマルコに声を掛けた。
「…重くないか?」
「第一声がそれかい?」
下に目を向ければ、世界に一羽しかいない青い鳥。黄色い飾り羽が、ゆるりゆるりと俺の手元を擽る。仄かに温かい羽が心地よい。
「マルコ」
「何だい?」
「飾り羽がくすぐったい」
「…それはどうしようもないよい」
苦笑いに近い声が返ってくる。ばさりと翼を羽ばたかせたマルコは、進路を変えて一段と空へ近付いた。太陽の光が目を差したから、額の辺りへ手をやり、目の部分に影を作った。穏やかな潮風が頬を撫でる。
「マルコ」
「…何だい?」
「潮風が気持ちいいな」
「そうだねい」
騒々しい声が届かない空の上。海の藍(あお)、空の蒼(あお)、そして世界に二つと存在しない碧(あお)。俺の目に入るのはアオばかり。
「マルコ」
「…」
「帰ったらエースとセツを沈めような」
「…そうだねい」
鼓膜に響くその低い声。俺に気を遣って空へ連れ出してくれた優しさ。俺が胡坐をかいて座ってる背中の温かさ。そして、
何よりも心地よいのは……―――
目を閉じてこの心地よさを味わっていた俺は、マルコがこちらを見上げて嬉しそうに微笑んでいたのに気付かなかった。
(ナマエー!どこだー!?)
(姉さーん!俺の姉さんは何処へー!?)
(あ!マルコ!!お前何羨ましいことしてんだ!?)
(姉さん!俺も俺にも乗ってください!ハアハア!)
(エース、セツ…)
((何だ/ですか!?))
(沈めェ!!!!)
((ぎゃああああああああ!!??))
(な、マルコ)
(ん?)
(今日はありがとう)
マルコ、マルコ、と。何度も俺を呼ぶ声が心地よかった。むしろ俺の方こそ礼を言いたいくらいなのに、ナマエはいつまでも俺に、俺らに、気を遣っている。もう少し年下らしく甘えればいいのにと思うが、
(こっちこそ、よい)
いつか、ナマエから俺らに甘えてくれる日が来るまで。それを楽しみに待つのも悪くないと思った。
→後書きという名の大反省会
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