壱拾五萬打企画 | ナノ






ふと、エースは廊下から甘い香りがすることに気付いて手を止めた。時計を一瞥。そろそろ三時に差し掛かろうとしているところだった。


「(サッチがおやつでも作ってんのかな)」


書類整理もだいぶ進んだところだし、そろそろ休憩してもいいだろう。ペンを机に置いてからエースは立ち上がり、書類の上に重石としてインク壺を置いた。廊下へ続くドアを開ければ、甘い香りが強くなる。湧き出る涎を飲み込み、食堂に向かって走り出した。




甘露にもよく似た懐古




「サッチ、俺にもおやつー!」

「悪いなエース、今日のおやつは俺が作ったやつだ」

「え、キイチ!?」


食堂に飛び込んで声をかけると、キッチンから顔を出したのはサッチではなくキイチ。キイチがお菓子を作ることは決して珍しいことではない。だが、エースが驚いたのはそこではない。キイチが着けていたエプロンが、古ぼけた花柄のエプロンだったからである。


「そのエプロン懐かしいなぁ!まだあったのか!」

「あぁ、クローゼットを片付けていたら出てきたんだ」


その花柄のエプロンは、キイチとエース達がフーシャ村にいた頃にマキノがキイチのために手作りしたものであった。料理の手伝いやお菓子作りをする度に服を汚してしまうキイチに、いつものお礼だと微笑みながら渡した。成長期であることを見越して大きめに作られたエプロンも、今となっては短く感じる。何度も何度も汚してきたため、染みとなっている部分や色落ちしている部分が目立つが、それでもまだ使える。


「懐かしいのはエプロンだけじゃないぞ」

「クッキー!」

「正確にはドロップクッキー、な」


型抜きクッキーとは違い、表面の凹凸が目立つドロップクッキー。チョコチップやハーブ、ナッツなどの多彩な具材を混ぜ込んでいるそれは、エプロン同様にキイチとエースがフーシャ村にいた頃によく作っていたものだ。懐かしさと甘く香ばしい匂いが相まって、どれから食べようかとエースの手が宙をさまよう。


「どれも食っていいんだよな?」

「あぁ、たくさん焼いてるから好きに食ってくれ」

「うー…でも、どれから食ったらいいのか悩む…」

「どれでも同じだろ」


三枚の皿に盛られたクッキーを目の前にして唸るエース。キイチはそれを見て苦笑いしながら紅茶を淹れてやる。


「どうせまだ焼いてるんだ。好きなだけ食え」

「うー…、キイチー!!」

「ぐっ!!」


エースのふわふわとしたくせっ毛を梳いていたら、腹部に勢いよくタックルされてしまった。詰まる息を吐き出しつつ、キイチは腹にぐりぐりと顔を埋めてくるエースの頭を軽く叩き、「甘えため」と溢して再び苦笑い。


「おら、早く食わないと他の奴が食っちまうぞ」

「はっ!そうだった!」

「もう食ってるよー」

「ハルタ!!」

「キイチは本当にお菓子作り上手いよなー」

「シャンクス!?」

「…どこから乗り込んできやがった不法侵入者」

「エースの部屋の窓から」

「うわぁあああ俺の馬鹿!!つーかお前等食いすぎ!!俺のクッキーが無くなるだろ!!」


もりもりとクッキーを口に詰め込んでいくハルタとシャンクス。しかしその陰に隠れてサッチやマルコ、イゾウ、ビスタまでが紅茶と一緒にクッキーを頬張っていた。見る見るうちに皿からクッキーが姿を消していくのを見て、エースが涙目になって叫ぶ。ちなみに、キイチは新たに焼けたであろうクッキーを確認するためにキッチンへ姿を消していた。


「ほれ、エース」

「!…マルコ」

「最後の一枚だよい。味わって食え」

「あ、ありが……」

……スッ、パクッ

「あー、キイチの手作りクッキーは本当に美味ェよい」

「マルコォオオオオオオオオオオオオ!!」

「うるせぇな!クッキーくらいでそんなに騒ぐな!!」

「だってこいつらがー!!」

「ゔッ!!」


泣きついてくるエースを再び腹部で受け止めたキイチ。意地でもクッキーの乗った皿を落とさなかったのは称賛すべきところだろう。


「キイチー…!」

「……ったく、」


変わらないやつだ、と口の中で呟く。キイチは、この光景を前にも一度見た事があった。フーシャ村にいた頃だ。エプロンも、クッキーも、そこで全て教わった。








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