壱拾五萬打企画 | ナノ






快晴に恵まれた今日この頃、キイチがぽつりと溢した。


「サーフボードってあるか?」


なければただの板でもいいんだが…と続ける。聞かれた側の船大工はきょとんとしてキイチを見返していたが、時間をかけて質問の意味を飲み込むと、確かめてくると言って慌てて倉庫へ駆けていった。数分もしないうちに帰ってきた船大工がいくつかあったことを伝えると、キイチは船大工に礼を言って同じように倉庫へ向かった。定期的に掃除をしている倉庫ではあるが、僅かに埃やカビの臭いがする。その中から、黒地に赤い十字がペイントされた小さめのボードを選ぶと、薄く積もった埃を払った。そして、近くに置いてあったロープを取った。


「さて、行ってくるか」


心なしか楽しそうな声色で、キイチは倉庫の扉を閉めた。




いつだって子供心




「キイチはどこ行ったんだ?」


甲板に現れたサッチが溜め息を吐いた。部屋に行ってもいなかったキイチが、食堂や甲板にもいないことに疑問を抱く。


「あ、サッチ隊長!」

「キイチ隊長なら海っすよー」

「え、海…?」


サッチの疑問に答えたのは、先程キイチに話しかけられた船大工だ。甲板の隅で欄干の点検をしている彼は、自分が言ったことに顔を訝しめるサッチを笑った。


「本当っすよ。ほら、今そこを通りますから」


船大工が左側を指した。顔をそちらへ向ければ、横を物凄い速さで何かが波飛沫を上げながら通り過ぎていく。ぎょっとして、サッチはそれを目で追った。


「なん――っ!?」


海王類だ。大きな海王類が時折左右に揺れながら泳いでいた。驚いて目をむくサッチとは真逆に、船大工はその手前を見ていた。


「ほら、あの海王類の後ろです」

「はァ!?」


再びサッチが驚愕の声を上げる。船大工の言う通り、海王類の後ろには確かにキイチらしき影が見えた。何かボードのような物の上に立ち、海王類が泳いだ後に出来る波に上手く乗っていた。時折、波の上で飛び跳ねたり、くるりと回転したりと、随分と楽しそうにしている。よく見れば、キイチは海王類の背ビレに繋がったロープを掴んでいるのが分かった。


「キイチ隊長って海王類と仲が良いって言うか、あんなことしても無事でいられるって羨ましいっすねぇ」

「能力が能力だからなァ…それに、キイチはジンベエから笛貰ってるってのもあるだろ」

「笛?」

「ほら、キイチが持ってるやつ。吹いたら海王類が呼べるんだよ」

「あれってジンベエさんから貰ったもんなんですか!?」


へぇーっと感心する船大工達。だが、サッチはそれよりもキイチのことが気になって仕方がなかった。


「いくら海王類と仲良くたって能力者があんなことしてたら危ねェだろ…おーい、キイチ!」


もしもボードから落ちてしまったら、波に呑まれてしまったら。能力が能力であるし、キイチが助かる方の確立が高いだろうが、心配せずにはいられない。

大声でサッチが呼べば、キイチはすぐに反応する。海王類に泳ぐ方向を変えさせ、モビーの方へ引き返してきた。


「どうしたー?」

「お前なぁ…」

「?」


サッチの気持ちを知らないキイチは、声に込められた呆れやら怒りやらの色に首を傾げた。


「サッチもやるか?楽しいぞ」

「そりゃあ楽しいだろうよ…」


ぐったりと力を抜いたサッチに目をぱちくりさせるキイチ。楽しそうであったのは事実。サッチはそれを認めて溜め息を吐いた。


「……やったことないから、手取り足取り教えてくれよ?先生」

「ふふ、授業料は高くつくぞ」

「明日のおやつはアップルパイにしてやるよ」


途端に嬉しそうな声が上がる。苦笑しつつ、サッチはボードを取りに倉庫へと向かった。



≡≡≡≡≡≡



「ぎゃあああ!」

「サッチー!ちゃんとロープ持て!また飛ばされるぞ!!」

「いやいやいやこれ無理だって風強すぎ…ッギャアアアア――――!」

「あー…」


まるでバットで打たれたボールのように勢いよく飛んでいくサッチ。それをキイチが遠い目で追いかける。


「やっぱり、すぐに来てくれるからって最速の海王類のルーナを呼んだのは間違いだったか…」

「ぜぇ、ぜェ…何かの、嫌がらせかと、思ったぜ…はぁ、」

「悪かったよ」


キイチは近くまでボードを寄せ、サッチにロープを投げてやる。ロープを掴み、バランスを取りなおしたサッチは息も絶え絶えにキイチへ恨みがましい視線を送る。びしょ濡れになった髪の毛は先程までのリーゼントの面影を消し、くったりとしていた。サッチは顔にかかる髪をかき上げ、眉尻を下げる。


「中々に、難しいもんだな」

「仕方ないさ。俺も最初はそんなもんだったぞ」

「慰められてる気がしねぇ…」


乗りこなしているキイチに言われても、複雑な気持ちになる。崩れた髪を適当に縛り、顔を伝う海水を手の甲で拭ったサッチは再びロープを掴み直した。


「はぁ、次こそはやってやるぜ」

「(なんだかんだ言いつつ、違う海王類を呼んでくれって言わないんだよなぁ…)」


意地っ張りなのか、その発想が出てこないだけなのか。キイチはクスリと笑って、海王類のルーナに走るように言った。


「ぎゃああああああ―――!!」


晴天の下、サッチの絶叫が何度も響いた。



≡≡≡≡≡≡



「づがれだ……」

「お疲れ」

「筋肉痛決定だわ…」

「湿布貼ってやるから」

「風呂行きたい…」

「分かったよ」

「…っつっても、連れて行くのは俺なんですけどね」


ぐったりとしたびしょ濡れのサッチを運ぶのは船大工だ。最後までキイチとサッチの戯れを見ていた彼は、こうして手伝うように言われたのだった。


「毒を喰らわば皿まで、だ。今日はお前も最後まで付き合え」

「えぇー…」


朝キイチに声をかけられた時から、もう今日の運命は決まっていたのだろうか。自分より背の高いサッチの腕を首に回し、足を引きずるようにして運んでいた彼は、重々しく息を吐いた。

しかし、実は密かにキイチに憧れを抱いている船大工。キイチと関われるこの絶好のチャンスを逃がすまいと口を開いた。


「だ、だったら俺にも何かご褒美が欲しいんすけど…」


ちょっとした下心。何が欲しいかと聞かれれば答えられないが、キイチが自分にくれるものなら何であろうと喜んで受け取るつもりでそう言った。


「褒美?……そうだな。おい、ちょっと屈め」

「? はい」


ちょいちょい、と手でサインを出されて屈む。目線がキイチと同じくらいになった船大工は、この船に乗って初めてキイチを真正面から見つめた。


「(うわっ、綺麗な顔…)」

「んー…」

――わしゃっ

「!?」

「今日はありがとうな、ニコラス」

「!!???」


頭を撫でられたことに驚き、体を固まらせたと同時に降りかかった言葉に思考が完全に停止した。まさかこの1600人中の一人である自分の名前を憶えててくれているとは、さらにそれを呼んでくれるとは思わなかった。船大工……ニコラスは、その場に立ち尽くして暫く動けなかった。

目の前で、脱衣所に繋がる扉が閉まった。






(キイチ隊長…俺の名前、憶えて……!)
(う、うわああああ…!嬉しすぎて死ねる…!!)
(……………あれ?)
(今、サッチ隊長とキイチ隊長、一緒に入らなかったか……?)



→(後書き)


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