いつだったか、キイチが白ひげ海賊団に入って間もなかったはずの頃の話…。



―――ほんと、あの赤い目どうにかなんないかな。


――気味が悪い…。


―ほうら見て、血みたいな赤い目だ。


――昨日も山賊に喧嘩売ったって話だよ…。


―珍しいねぇ、キミ。


――きゃっ、こっち見たわ!早く帰りましょう!


―大丈夫、ちょっとちくっとするだけ。


―――うちの娘に近付くな!


―やった…っ、成功だ!



「……、…、ひゅ…っ、ぐ…、っ!」



バッ!と飛び起き、一瞬止まった呼吸を無理矢理酸素を取り込むことで再開させる。そして、呼吸が微かにしかできない喉を引っ掻くようにして包帯を引き千切る。白が床へと落ち、力が強すぎたせいで抉れた肉から白を赤へと変える。はたり、鏡が目に入る。そこにうつる、おれの、すがたは。


―成功だ!


「――――――――!!!!」



声にならぬ叫び声。身体を突き抜ける衝動のままに振り上げた腕は鏡を叩き割った。舞ったのは鏡か、それとも赤か。




≡≡≡≡≡≡




書類を纏めながらふと空を見上げる。今日は天気が悪いと航海士が言っていた通り、昼時を迎えようという今でも薄暗い。明かりが無ければ手元の書類が読めないくらいだ。


――ガシャアアアアアン!


「何だ!?」



突如、響いた何かが割れる音。敵襲かと思い焦って飛び出したが、よく考えてみれば音がしたのはキイチの部屋の方向だ。近いようで遠いその距離を、もどかしい気持ちで駆けた。



「おい、どうし――」



部屋に入った瞬間、視界に広がった黒。それが何かを理解する前に俺は床に転がる。

正しくは、"転がされた"。



「っ、キイチ…!?」



視界を覆っていた黒はキイチのコートだったようだ。揺れる視界と伸ばされたキイチの腕と拳に、俺はキイチに殴られたことを知る。呼びかけるが反応がない。…というよりも、俺の声に気付いていないようだった。



「―――!――!!―――――――!!!!」



何かを。キイチは何かを叫んでいた。だがそれは声ではなかった。何処ぞへと向けられたその"怒り"や"憎しみ"や"苦しみ"や"妬み"が、空気を震わせることなくキイチの口から吐き出されていた。血が滲むほどに喉を掻き毟り、ひたすら音にならない呪詛を吐き続けるキイチの表情は見えない。一歩、足を踏み出したキイチの足音に違和感を感じて床へ視線をやる。何かの破片が転がっているのが分かり、そして理解する。先程の音の正体はこれ(鏡)だったか。

そんな呑気な思考もぶっ飛ぶくらい、俺の視界は再び黒に染まった。


――ゴッッ!!


「……ってェ…!!」



今度の黒はキイチの頭、もとい髪だったようだ。いつもならさらりと揺れるその黒髪を撫でて梳いて口付けたいとまで思うというのに、今ばかりはそれを愛おしく思うことは出来なさそうだった。つか、頭かてェ……!!

追撃するように、キイチは俺へ(詳しく言うと男の急所に)爪先を振り上げようとする。先程からかなり強い衝撃を与えられ、ふらりと揺れる頭で何とかそれを避けようと一歩引いた。が、


―――ガツッッッ!!


「…ぃぎッ!!」



…どうも、避けたのがコンマ一秒の差で遅かったようでキイチの爪先は俺の顎へとヒットした。舌を噛み切るかと思ったが、何とか回避できたようだ。二度までならず三度までキイチによって頭を揺らされた俺は、流石に立っていられずにその場に膝をつく。

ぐらぐらと揺れる脳と視界に、舌打ちを溢してしまいたい気持ちに駆られる。皺の寄った眉間を揉み解すように手をやったが、思えば今はよく分からないがキイチに襲われている最中であった。(もっと違う場面で見たい字面だ。)次の衝撃がくるかもしれないと今更だが顔の前で腕を交差させた。












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