「サッチ、厨房借りてもいいか?」
突然そう言ったキイチに疑問符が浮かぶ。キイチは料理を作れないわけではないが、進んで料理を作ろうとするような奴でもない。一体何故そう言い出したのかと考えれば、すぐに思い当たるものがあった。
「あぁ、好きに使っていいぜー」
「ありがとな。後でサッチにも持ってくから」
ひらりと手を振って厨房へと入っていくキイチ。振った手とは別の手に持つのは大量の赤い"アレ"。
「…一体、何人分作る気なんだか」
そりゃあ、作ったもんはキイチがほとんど食うんだろうけどさ。それにしたってあれは一つじゃすまない量だった。いや、美味いんだぜ?キイチの作った"アレ"。俺もよく作ってやるが、キイチ自身もよく作る。そんで極稀にだがマルコが作ることもある。そして島に着けば必ずと言っていいほどキイチは"アレ"を食いに行く。
キイチ曰く、「どれも美味いけど、俺が作ったのと他の奴が作ったのじゃ味が全然違う!」らしい。
「ほんと、キイチは"アレ"が好きだよなぁ」
ま、そうなった原因は俺にあるかもしれないけど。と小さく零れた声は誰にも届かなかった。
≡≡≡≡≡≡
林檎とシナモンの甘い独特の香りが食堂を漂う。赤いエプロンをしたキイチは手際よく作業を進め、生地に卵黄を塗って照りをつけ、残るはオーブンで焼くだけとなった。ぱたん、とオーブンの扉を閉めてタイマーの設定を弄る。
「早く焼けねぇかなぁ」
珍しく鼻歌を歌いながらオーブンの前で待つキイチ。焼けるまで時間がかかるとは分かっていても、何だか離れがたい気分となってその場で足踏みをする。
三時まで、あと一時間。その時間にはこれも焼きあがって、少々早いかもしれないが丁度いい温度になっているだろう。焼き立ても好きだが、やはり少し冷めたくらいが一番いい。サクサクとした食感のパイ生地に、林檎の甘い香りを想像しては顔を緩ませる。
と、そこに
「キイチー!」
「…エース」
勢いよく食堂に入ってきたエースに、げんなりとした表情を浮かべるキイチ。キラキラした顔を向けられて嫌な予感が過ぎった。
「いつもの作ってんだよな?俺も食っていいか!?」
「…いいが、そのかわりエースのは一切れな」
「ええええ!」
「前に俺の分(ワンホール)全部食ったの憶えてんだからな!」
「だってあん時はキイチが昼飯抜きにしたから!」
「あん時はエースが書類を出さなかったせいだろうが!自業自得だ!!」
…食べ物の恨みは恐ろしい、とはよく言ったものだ。普段はエースに甘いキイチも般若の形相怒り、普段はキイチラブのエースが不満たっぷりの顔で睨み合う。
カーン!
どこかで試合開始のゴングが鳴った、気がする。
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