壱拾萬打企画! | ナノ






二十三歳のキイチは困っていた。何が困っていたって、その状況に。


「キイチ!?」
「本当にキイチか…?」
「めっちゃ若いな、十年前くらいか?」
「あああ姉さんいつもは麗しいですが今日の姉さんはとても可愛らしいですねそうだ是非とも今からメイドさんコスをしてくれると俺としては万々歳でぐへぇッ!!」
「……」
「このセツに対する雑な扱い……」
「「まさにキイチ!」」
「「流石俺達のキイチ隊長!!」」


いや、軽い脳内パニックを起こしている中であんなうざいのが来たら誰でも殴ってしまうだろう。キイチは心の中で反論しておく。最早条件反射だということはパニック状態のキイチには分からない。そして最後のセリフは特攻隊の隊員である。副隊長が殴り飛ばされたというのに何一つ動じないのはいかがなものか。


「ここは…モビー、だよな?」
「ああ」
「そんでお前は…サッチ、?」
「おぉ、よく分かってくれたなキイチ!」
「そっちは……ハルタ?」
「うん。わー、キイチが小さい!可愛い!」
「…こっちは、エース……?」
「おう!ははっ、俺より年下のキイチって不思議だなー」


周りにいる者は全員キイチの頭を撫でくり回す。そうすれば当り前だがキイチの髪の毛はもっしゃもしゃになる。キイチは頭を這う手を全力で振り払った。


「ななな何だお前等!人を子供扱いして!」
「だって今の俺等キイチより年上だし?」
「ていうか、エース以外はほとんど元から年上だけどね」
「うるさい!人の頭を撫でまわすな近寄るなニヤつくな!」
「キイチが船に乗った時みたいだなー」


シャー!!と野良猫の如く威嚇をするキイチ。それを見るサッチは穏やかに笑うが、明らかにキイチの心情には穏やかさの欠片もない。助けてやれよ。冷静なクルーが呟いたが、それを聞き取った者は誰もいなかった。


「くっ…!一体何でこんなことに…!!」
「ま、もう少しすりゃあ元のとこに帰れるって」
「そうそう。ほら、アップルパイでも食って落ち着け」
「……!い、いや…騙されんぞ…!!」
「何を騙すってんだ」
「…〜〜!!とにかく!お前等はその緩みきった顔で俺を見るな!!」


どいつもこいつも顔に締りがない!!叫ぶキイチだが、クルー達は誰一人として緩んだ顔を直そうとしない。むしろ更に緩んでいる。これは、あれだ。我が子のホームビデオを見ながら「あらあら懐かしいわね〜」「ははは、こんな頃もあったなぁ」とほのぼの語る両親の顔と同じだ。子供側からしたら恥ずかしいッたらありゃしない場面である。


「だ、大体!お前等は俺を子供扱いしすぎなんだ!!」
「キイチは子供だろー?」
「もう二十三だ!子供じゃない!」
「俺等キイチより一回りも二回りも上だしー?」
「……!!ばーかっ!」
「あっ!」
「キイチが逃げた!」
「捕まえろー!!」
「ちょ、あの年のキイチ隊長の心は繊細なんです!!」
「そっとしといてあげてください!!」
「お前等は保護者か」


勢いよく船内へ駈け込んでいったキイチ。それをを追いかけようとするエースとハルタ。そして、さらにそれを阻止せんと追いかける特攻隊隊員。発言が完全に保護者なのはご愛嬌。



≡≡≡≡≡≡



「はぁ…はぁ……全く、何なんだあいつら…!!」


元のとこに帰ったら殴ってやる!八つ当たりも甚だしいところである。(この瞬間、元の時代にいるハルタとエースは寒気がしたそうな。)追いかけてくる輩に見つからないよう、船尾でこっそりと身を潜めるキイチ。ぶちぶちと愚痴を零すが、誰も聞く者はいないためここぞとばかりに悪口を言う。


「そもそもハルタはそこまで身長が変わってないくせに何を偉そうに…!サッチなんていい年してるくせにまだリーゼントしてたじゃねぇか…!エースは確かに身長が伸びてたが…いや、あのそばかす具合は変わってないんだから…」


そばかす具合って何だ。


「…ちっ、どいつもこいつも緩んだ顔で見やがって」


怒るに怒れないじゃないか、と口を尖らせる。結構怒っていたと思われる態度ではあったが、確かにあちら側からしたらキイチが怒鳴っていたのは照れ隠しだと気付いている者も多いだろう。

三角座り(体操座りともいう。)をしていたキイチの横に、そっと気配が現れる。ハルタとエースが嗅ぎつけたのかと身を固くするキイチだが、頭にふわりと掌を乗せられてあの二人ではないことに気付く。


「……なんだ、お前か」


キイチはほっとして顔を上げ、ゆるゆる頭を撫でる掌を掴む。もう今日は撫でられ疲れた、と溜め息を吐く。ふと掴んだその手を見ると、銀色に輝く物がその人物の指を囲んでいた。


「…驚いたな。お前、結婚でもしたのか?」


左手の薬指を囲む銀色に触れる。林檎を彷彿とさせるような、紅い石が嵌まっている。


「相手は一体誰――――……」


聞く言葉は途切れ、額に温かく柔らかい何かが触れた。反射的にキイチが顔を上げようとする前に、キイチは白煙に包まれた。

ぼふんっ!と行く前と同じ音がして、気付いたらキイチはモビーの甲板にいた。先程までと同じ、三角座りの状態で。呆然とした顔で周りを見渡すキイチ。全員が驚いた顔で自分を見ていた。そして、


「「「「……キイチー!!」」」」


一斉に声を上げた。


「いつものキイチだー!」
「いつものカッコカワイイ俺達のキイチだー!!」
「いつもの俺のキイチ隊長だべふらっ!!」
「………」


やはり反射的にセツを殴り、キイチはもう一度呆然とした顔で周囲を見渡す。そして、とある人物を見付けた途端固まった。ひたり、額に手を当てた。柔らかく、温かい、その感触が蘇る。


「〜〜〜〜〜ッ!!!!」


声にならない叫びをあげ、キイチは自室へと全速力で駆け込んだ。甲板には、キイチの突然の行動に驚いてきょとんとしたクルー達がいた。

甲板の隅で、ローが忌々しげに小さく舌打ちをした。





→後書き


 

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