理解していた筈のアジテート。
2015.7.10





「おい、小鳥遊はどうした」

本日も通常営業のワグナリアで、夕方確かに挨拶をした筈の男性スタッフの姿が見あたらずに種島に問うた。

「あぁえっと、ちっちゃいお客様が来てて」

どうやら小さいモノを敬愛し崇拝する小鳥遊の、その趣味嗜好がまたもや暴走しているらしい。それが度々ホールシフトに影響を与えているのは周知の事だが、伊波や山田、相馬の影響力に比べたら可愛いものだと暗黙されている。

「なんだその、ちっちぇ客ってのは」

「うん…」

その経緯を説明する種島の表情は何処となく沈んでいた。
解りやすくヤキモチを焼く様がいじらしいと思いつつ、全く上部に対する警戒心のない種島の頭髪をいじる。
それに気付いた種島からいつも通りに責められて、謝りもせずに見下せば案の定事務所に駆けていってしまった。

「………」

何故だか苛ついている。
自覚はあるがその原因が解らずにグルグルして、思わず種島いじりに力が入ってしまった。
何がこんなに、気に入らないのだろうか。

「佐藤さん、オーダーお願いします」

漸く聞こえたホール唯一の男性スタッフからのオーダーはその苛々を倍増させた。

「あぁ…戻ったか小鳥遊」

「え?えぇ」

その満たされきったと言わんばかりの緩んだ笑顔が、今だけは癪に障った。

「趣味嗜好を咎めるつもりはねぇが、仕事中は弁えろよ」

チクリと刺してしまった言葉はもう戻れずに、目の前の後輩にしっかりと届いたようで、明るかった顔色を沈ませてしまった。

『咎めるつもりはない』だなんて、そんなあからさまな嘘を前置きにして、本当は何を咎めたかったのだろうか。

「すみません、俺…」

いつも誰よりも勤勉な小鳥遊を知っていて、たまに裏方にまわっただけの事、誰も悪く捉えてはいないだろうに、自分だけがそんな小鳥遊を咎めている。
こんな原因も解らない悪感情をいつまでも胸に留めておきたくはなくて、頭を振った。

「いや、いい、5番のオーダー持ってけ」

「……はい、ありがとうございます」

私情を挟んだのは恐らくお互い様だ。
今更に小鳥遊の趣味嗜好に口を出す気もつもりもない、はずだった。
何故だろう。
ことに最近だが、小鳥遊が種島や小さいものを愛でている様が気に食わない時が、ある。それが当たり前で、彼の自然体だと解っていて、何故か。

「あれぇ?佐藤くん、また轟さんと店長の事でイラついてるの?」

オーダーをこなしつつ悶々としていた思考が、相馬のその一言で遮られる。
ゴミ捨てに行くといって姿を消していたキッチンスタッフを睨めば、朗らかでいてその実、面白いものが見れるかと期待している笑顔を返された。

「そんなんじゃねぇ…つかお前、サボってんじゃねぇよ」

2人しかいないキッチン要員の片方にサボられては残された方の負担は大きい。
ごめんごめんと口先だけで謝る相馬を一瞥して、先ほどの言葉を反芻した。

轟八千代が好きだ。
から、店長を敬愛している様が気に入らない。
のは、理解している。

その憤りを、今表に出しているのかと問われた。

むしろ今日は朝しか店長には会っていない。
昼食も轟が届けたから2人一緒の様を目に入れていない。

それなのに。

轟八千代へ向ける感情を、よもや同性である小鳥遊に抱いているのだろうか。
そんな筈はないと頭を振って、けれどタイミングよくオーダーを持ってきた思い人と目が合って、体温が上がった。

「佐藤さん…?」

ガチリと音を立てて固まってしまった佐藤を訝しげに見つめる小鳥遊の、その手にはオーダー票が握られていた。
普段であれば受け取れるそれに手が伸ばせずにいる。
轟八千代に感じる鼓動とは違う。似ているけれど決定的に違うと思った。


こんな感情は知らない。
こんなに欲深くて、浅ましい感情は知らない。

その笑顔を奪ってまで、他の誰も、その目に入れて欲しくないだなんて。



(あぁ、畜生!)


ライバルが特定済の1名から、不特定多数の小さいモノ全般へ変更になる予定はまるでなかった筈だ。

息を大きく吸い込んで、その戦場におそるおそる目を向けては一層げんなりとした。





 

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