限定

「ギアッチョー、おかえりー」
「お前、くっつくんじゃねぇ!」
 
 とある日の夕方。
 俺がアジトに帰ったとたん、nameが、抱きついてきた。
 正直言って、いつものことなので、俺はほぼ条件反射で、怒鳴ってしまう。
 こいつは…本当に警戒心というものが備わっていない。
 チームのメンバー全員に、こんな調子のコミュニケーションをとってくる。
 しかも、他のメンバーはこういうことされても、はっきりと嫌がっていない。
 メローネとプロシュートに至っては、抱き返す始末だ。変態と色男め……。見てるだけで、イライラする。
 はっきりと、離れろ、と言葉にしているのは俺とリゾットぐらいじゃないだろうか?

「なんで?」
「なんでって……おめぇ、馬鹿じゃねーのか?」

 ……まぁ、俺もリゾットも、言葉では拒否をしていても、態度でそれを示せていないのが、嫌になる。
 俺が歩き出したので、nameは背中にくっつくことにしたらしい。なんだ、こいつは寄生虫か何かか?
 そのままリビングに入る。
 珍しく、誰もいない。大抵は一人か二人はいるんだが。…俺の仕事が早く終わっただけか。

「name、いい加減離れろっつーの……っ!」

 また、口だけ。nameも変わらずにひっついたままだ。
 多分、name以外にこんな態度を取られたら、ぶん殴ってる自信がある。

「やだっ!」
「やだっ、じゃねーんだよ、クソっ……! もっと、警戒しろ! 最低限、女として!!」
「いいじゃん……ギアッチョの意地悪」
「ちょっと待て、なんで俺が悪いみてーになってんだ、オイコラ」

 相変わらず離れないnameが頬を膨らませながら、ふてくされる。
 ふてくされてーのは、こっちだっつーの…ッ!
 なんで毎回毎回、お前と他の男がくっついてるとこ、見ねぇといけねえんだ!? クソッ!!
 イライラが、募る。
 自分の、耐久力の低い堪忍袋の緒が、切れかけそうなのを感じる。
 こいつは、ほんとに……どれだけ鈍感で、俺を振り回しゃあ気が済むんだ?
 ちら、と背中にひっつくnameを見やる。
 nameは不服そうな表情で、俺を見上げていた。

「………」

 ぷち。
 確実に、自分の何かの切れる音が、聞こえた。
 なんというか堪忍袋の緒と共に、また別のところが切れたような気もする。

「………おめーがワリぃんだからな!! クソ! クソッ!」
「え? ちょっ? ギアッチョ?」

 俺は暴言を吐きながら、nameを仮眠室にまで引っ張っていく。
 ドアを蹴り開け、安物のベッドにnameを放り投げた。ギシィ、とベッドのスプリングの悲痛な叫びが聞こえる。
 あんまりのことにビックリしているnameの上に覆いかぶさり、手をシーツに押し付けた。
 ……多分、俺は今、相当切れた顔をしてるだろう。
 nameの唖然とした顔が気に入らない。警戒心を持たないから、こうなるんだ。
 自業自得だっつーのに、何『予想外です』って顔してんだよ。

「いいか、ボケ。 こーゆーことされんのも、テメェの自業自得だ」
「ギアッチョ……」

 イラつく。すっげーイラつく。
 細い首筋も、柔らかそうな髪の毛も、長いまつげも、潤った唇も、薄く染まった頬も、感情と直結した表情も、全部イラつく。
 なんで俺の心が、こんなにかき乱されなきゃいけねーんだ。
 嫉妬だとか焦りだとか、不安だとか期待だとか。そういうのが、全部全部、綾乃に助長されて煩わしい。
 やめてくれ。これ以上、俺を振り回さないでくれ。
 nameの手首を掴む手に、力が入る。
 いつもより、間近な距離で。いつもとは、違う状態で。俺は、いつもと変わらない気持ちで、言葉を荒々しく吐き出した。

「誰彼構わず、抱きつくんじゃねぇ! 俺だけにしろっつーの、チクショウ!!!」
「………え?」
「……あ?」
「“俺だけ”……って?」
「………。……あ」

 一瞬停止する思考。緩んだ手から、nameの手首がスルリと抜けた。
 ビンタでも、食らわされるんだろうか。……まあ、当然か。
 しかし予想に反して、その細くて白い、頼りない手は俺の頬に添えられる。
 今度は俺が唖然とする番だった。
 思わず口を滑らした自分のマヌケさと、顔にやってきたのはビンタの衝撃ではなく優しい手のひらの感触のせいで、思考は依然動き出さない。
 nameが、俺の眼鏡をゆっくりと外す。

「意外。ギアッチョが、こんな失敗するなんて」
「う……うるせぇ」
「望み通り、ギアッチョだけに、“して”あげる」
「なにを…―――」

 nameに顔を引っ張られ、お互いの距離が近づく。
 鼻が触れ合うような距離。不敵に笑う、name。
 ……俺は、どんな表情をしてるんだろう。
 唇が触れ合い、音を立ててすぐに離れる。
 その感触と、音に、ようやく思考が再開する。

「………お、……おま、……っ!!」
「あはは、顔真っ赤」
「だ、れのせいだと思ってんだ、コノヤロッ…!」

 面白可笑しそうに笑うnameに、イラつく。
 でも、決して不快な苛立ちなんかじゃなく。
 nameの顔を、手で固定をして噛み付くように唇を重ねた。
 仕返しのつもりか、それとも募っていた欲望が一線を越えたのか。どちらかは判別がつかないが、どうであれ衝動的で。
 舌で唇を割り、歯列をなぞる。
 nameは一瞬遅れて俺のキスに反応し、舌を絡めてきた。あまつさえ、俺の首に手を回してもきた。
 何度も角度を変えて、深く、深く。
 そしてお互いが苦しくなって、どちらともなく唇を離す。

「……顔、真っ赤だぞname」
「…もしかして、仕返しのつもり?」
「ちげえよ、馬鹿…」

 ため息をついて、nameの横に寝っ転がる。
 nameが面白そうに、俺の顔を覗き込んできた。
 熱に浮かれた瞳。その瞳に、心臓の奥がどくりと脈をうつ。その感覚がむず痒くて、俺には耐えられない。
 寝返りをうって、nameに背を向ける。背中に、nameの手が当てられるのを感じた。

「おまえ、“俺だけ”って言いつつ、他のやつにやるんじゃねぇぞ……」
「まさか。これはほんとに、ギアッチョだけだよ。好きだもん」
「……これ以上のことも…すんなよ………」

 自分で言ってて恥ずかしくなるようなことさえも、自然と口から出てしまう。
 後ろで、nameが笑っているのが分かる。

「ねぇねぇ、ギアッチョ」
「………あ?」
「好きって言ってよ」
「……んなキャラじゃねーだろ、俺はよォ……」
「いってほしいなぁ、私だけに。言わないのは、なんかズルくない?」
「……しるかよ………。……き」
「んー?」
「……す……」
「聞こえませんなぁ!」
「だぁーーーっ!!! ス・キ!! 好きだっつってんだろ、ぼけっ!」

 俺を、こんな気持ちにさせるのは、お前だけだ。






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