溺れる

nameはいつも怯えている。
なにかを失うことを。


「おはよう、ジョルノ!」

いつものように声をかけ、いつものように明るく振る舞う。
彼は笑顔で挨拶を返してくれる。

「おはよう、name」

まだ少年らしい声音。
少年らしい体躯、相貌。
彼はこれでも、パッショーネのボス―――ここら一体のギャングたちのボスなのだ。

また、nameもギャングだ。
一週間にも満たない冒険をジョルノと、仲間たちと過ごし、いまはジョルノの親衛隊をまとめるリーダーになっていた。

いつでも、現状を失ってしまう危険を伴う日常…。

「………………」

nameは窓の縁にもたれ掛かり、ジョルノの後ろ姿を眺め、いや違う、と心のなかで呟いた。
違うのだ。死ぬこと、死なれることが怖いのではない。いや、怖いことに変わりはないのだが…。

nameはもっと違うことを恐れている。

それは……―――。


「(こうしてジョルノの側にいられること………)」


心の中を占めていく、ジョルノに対する気持ち。
愛しいと思う気持ち。

それがいつ“暴走”するか。
そしてそれが暴走した先の展開。

いまのように、友人のように、気兼ねなく付き合える関係。

それを失うのが、怖い。


ジョルノ。


声に出さずに、彼を呼ぶ。
むろん、振り返らない。

「(ジョルノは、私のことをどう思っているんだ?)」

友人。部下。
それとも?

儚い願いのように、理想の答えが脳裏に浮かぶ。

「name?」

不意に、なまえを呼ばれた。
顔をあげれば、心配そうな表情を見せるジョルノ。

「どうしたんです?」
「あ、いや………」

何でもない、という答えを引っ込め、ジョルノを見返す。

「ねぇ、ジョルノ」
「はい?」
「私が死んだら悲しい?」
「…………そりゃ、はい」

怪訝そうな表情を見せるジョルノ。
当たり前だろう。こんな突拍子もない質問をされれば、不思議に思うだろう。

nameは手を伸ばし、ジョルノの髪の毛に触れる。
さらさらとした髪の毛。

ジョルノは不思議そうな表情を見せる。

いままで髪の毛に触れるなんて、頭を撫でるなんてしたことがなかったのだ。
これも感情の暴走なのだろうか。

nameは冷静に分析する。

…たぶん、微妙に暴走しているのだろう。

「変な顔」
「変なのは綾乃でしょう。………こんな…」
「いや?」

そういうわけじゃ…。
ジョルノはそう呟いて顔をそらした。
微妙に耳が赤くなっているが、nameは気付かない。

「……僕も触れていいですか?」
「………うん」

ゆっくりと、nameの髪の毛に伸ばされるジョルノの手。
指先が耳に触れ、nameの肩がピクリと揺れた。

伏せがちにしていた視線をあげると、ジョルノと目があった。

無言。

ジョルノの顔がゆっくりと近づき、nameは目を閉じた。





「………」

唇が離れ、nameは目を開ける。

目の前には、ジョルノのきらきらとした瞳があった。

「ジョルノ。私怖い」
「…………何故です?」
「知らなくてもいいよ」


nameはジョルノの背中に手を回し、抱き締めた。


また、怖いものが増えた。

穏やかな幸せを失うかもしれない恐怖が。

しかし、それでも。

「まだもう少し、こうしててもいいかな」
「…どうぞ」

ジョルノの腕が背中に回される。



まだなにも考えずに、この幸せに溺れていてもいいかもしれない。
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