「、…なまえ」 誰かがあたしを呼んでる。懐かしい声。 「なまえ…」 赤い…赤い何かがぼんやりと視界に入る。見覚えのある真っ赤なもの。 これは、ブン太…? 「おい、起きろ。なまえ」 目がぱちくりと開いた。目の前には端正な顔の彼がいた。 「うわぁあぁあ!」 思わず驚いて飛び起きた。 「人の顔見て飛び起きるなんていい度胸だな」 「ご、ごめんなさい」 だって顔が目の前にあったんだから。驚くのも無理はない。 それに…。 「朝飯の時間、とっくに過ぎてる」 「え、今何時…?」 「九時だ。」 「…えぇぇ!?」 初めての他人の家でぐっすり爆睡してたなんて…。 「も、もしかしてずっと見てた?」 「あぁ。一時間程度な」 それってもちろん、寝顔見られたんだよね!?いびきとか寝言とか言ってたらどうしよう…! 「心配すんな。いびきも寝言も言っちゃいねぇよ」 「えっ」 「顔洗ったら下に降りてきな」 そう言って景吾くんはぽんぽんと頭を撫でて扉から出ていった。 「…」 あたしは顔を真っ赤にしてしばらくそのまま静止していた。 「おはようございます。なまえさま」 「お、おはようございます」 家政婦さんやお手伝いの人。いろいろな人に家の中で、様付けで挨拶をされる。 なんだかちょっと恥ずかしくて気が引けた。 「転入手続きはもうしたからな」 「えっ、あ、ありがとう」 「明日からもう学校だが大丈夫か?」 「…」 大丈夫なんて言ったらそれは嘘になる。ほんとは不安でいっぱいで泣きたい気持ちだから。 いつもなら隣にいるはずの彼がいなくて不安は余計に募る…。 「…俺様がついてる。心配すんな」 優しい言葉をかけられて、はっと顔を上げた。 「ありがとう」 「フッ。当たり前だろ?」 景吾くんは俺様だけど、あたしのことをちゃんと考えてくれてる。 「困ったらいつでも言え。いいな?」 「うん」 景吾くんのこと、頑張って好きにならなきゃ。 「あたしもっと景吾くんのこと知りたい」 「あーん?しょうがねぇな」 少し嬉しそうに彼は言う。 その後、景吾くんとあたしは他愛ない話をたくさんした。イギリスの話とか氷帝学園の話。景吾くんが生徒会長ってことも聞いた。想像したらちょっとだけ笑ってしまって景吾くんに怒られた。 「景吾くんて面白い人なんだね」 「そりゃ誉めてんのか?」 「もちろん」 景吾くんとの会話はすごく楽しくて時間があっという間に過ぎていった。 「少しは気が楽になったみたいだな」 「え?」 「急に悪かった。お前をこっちに連れてきちまって」 「…」 「不安だらけなのは俺だってわかる。でも、どうしてもなまえが欲しかった」 真っ直ぐな視線で彼に見つめられて動けなくなった。 「わりぃ。そんだけ言いたかった」 「…ううん。あたしね、景吾くんの言うようにほんとは不安で胸がいっぱいだった。見ず知らずの人に急に嫁に来いって言われてどうしていいかわかんなかった。今だって不安だらけだけど、景吾くんでよかったって思ってるよ」 素直に思ってることを伝えた。嘘じゃない本当の気持ち。 「ありがとな」 爽やかに彼は笑ってくれた。 「うん」 自然とあたしも彼につられて笑顔になった。 ほんの少しだけど前に進めてる気がした。 2011.5.17 |