「今までごめんね、ブン太」 ありがとう、と一言だけ残してあたしは部屋を出た。 だって、ブン太に涙を見られたくなかったし、また困らせたくなかったから…。 「ひくっ…え、っ…ぁ」 「なまえちゃん」 「ブン太まま、」 顔をあげれば目の前にブン太ままがいた。 「ブン太まま、あたし…」 涙を拭いてぎゅっと服を掴んだ。心配かけないためにも泣いちゃダメだ。 「あたし…この家を出ていきます」 「なまえちゃん…」 「いっぱい…迷惑かけてごめんなさい」 頭を下げればブン太ままが顔を上げて、と優しい声であたしの肩に手を置いた。 「なまえちゃんは本当にそれでいいのね?」 「…はい」 「そう…。なまえちゃんがきめたことなら私は何も言わないわ。けどね?」 引き寄せられたと思えば、あたしはブン太ままに包まれていた。 「辛くなったらいつでも帰って来てね。あなたの家はここで、あなたはあたしの娘なんだから…」 「ブン太まま…」 涙が出た。 小さい頃、ひとりぼっちだったあたしを引き取って育ててくれたブン太まま。ただ迷惑でしかなかったはずのあたしを娘だって言ってくれた。 「はい…。ありがとうございます」 お礼を言うときくらい笑顔で言いたくて、涙を流しながらも笑った。ブン太ままもつられて笑ってくれた。あたしは本当に幸せだと改めて感じた。 「あたし、必ずまたこの家に戻ってきます。それでブン太ままやぱぱ、ブン太にあたしがお世話になった分の幸せをみんなに返します。必ず」 「なまえちゃん」 「あたしは丸井家のみんなが大好きだから…」 「私たちもみんな、なまえちゃんが大好きよ」 その言葉にジンときて涙がたくさん出た。そんなあたしをブン太ままが優しく抱き締めてくれて、あたしが泣き止むまで頭を撫でてくれた。暖かい家族に囲まれてあたしは本当によかったと思い、感謝の気持ちでいっぱいになった。 そしてあたしは自分の部屋に戻った。 「…」 さっきまでいたはずのブン太はいなくなっていた。きっと自分の部屋に戻ったんだろう。 「はぁ…」 ため息をついてベッドに身を投げる。ふと、枕に違和感を感じた。少しだけ一部が染みになっていた。 もしかして…ブン太はこの部屋で泣いていたの? 少し期待の気持ちが生まれたけど思い直して気持ちを落ち着かせる。 「そんなわけ…ないよね」 気のせいだと思い携帯を手にとる。そして、おじさんからもらった名刺に書いてあった番号のボタンをゆっくり押した。 静かな部屋にプルルルルとニ、三回コールフォンが鳴り響く。 「あ、もしもし。なまえです。嫁入りの件なんですけど…」 後戻りは、できない。 2010.4.12 (修正2011.5.16) |