想いは流星に乗って

--現在の律と10(+α)年前の律が入れ替わるお話--

――あの日からずっと、お前が来る日を待っていた――




2011年11月18日、24:14。
 ずっと前から定められていたその時間、その場所に向かい、2シーターの愛車の助手席に小野寺を乗せ俺は高速道路をひた走る。時速100kmの車窓からは計画的に建てられたオレンジ色の電灯が前から後ろへ流星のように流れていく。運転する俺の顔を見て、助手席に座る恋人は何がおかしいのかくすくすと笑っている。俺の目線に気付き、両手をふって彼は慌てた。
「別に可笑しくて笑った訳じゃないんです。ただ何を話そうかなって…」
「楽しみで仕方ねーとか?」
「はい、あの日からずっと」


 流星天文学の発展に重要な役割を果たしてきたしし座流星群はその名の通りしし座に放射点を持つ流星群。別名レオニズ、レオニードなどとも呼ばれ古代より人々に愛されてきた。好天に恵まれたこともあり全国的に1時間あたり数百から数千個もの流星雨を観測することが出来た10年前の大出現は記憶にも新しい。しかし実は毎年訪れているというのは意外と知られていない。毎年11月14日から出現し、11月17日頃に極大を迎え11月24日頃まで見ることができる。
 余計な光が多過ぎる都会の中で流星群を眺めるのは困難を極め、ネオンだけでなく街灯も少ない田舎に行かなければ等級の低い星は見られない。小野寺と共に示し合わせること数か月、かなり前から予定を組んだこともあり全ての仕事を定時に終わらせ、今夜から明日にかけて呼び出されることはないであろう完全自由の時間を得た。さてでは何処に行けばよいかという問題は丸川の天文雑誌の編集長が解決してくれた。誰にも漏らすなよと固く口止めされた上で教えてくれた穴場スポットは、東京から車で1時間半で行くことが出来るらしい。恩に切る、1頁くらいお前の雑誌に割いてやってもいいぞと言ったら雑誌を投げて寄越した。ありがたくその本を頂戴して俺たちは流星群絶頂スポットへの小旅行をスタートさせたのだった。


 冬の前線の急接近で今夜はかなり冷える。まだ20時過ぎでこの気温ならば翌朝には更に冷え込むだろう。真冬の夜空の中に一晩中居るのだから防寒対策には十分に時間をかけた。ダウンコートにマフラー、ヒートテックの下着。ニットの目出し帽を手にとったらそれはちょっと…小野寺に止められた。仕方なく最近流行の電気カイロを購入し念には念を入れて2、3日分の食料も用意した。
 そうして車で向かうこと1時間半。道が半分の幅になりそのまた2/3になり、最後は道というのも烏滸がましいと道自身が叫び出しそうな山道に出た。車のライトが照らし出した動物飛び出し注意の看板に小野寺と無言でしばし視線を合わせて頷いた。山道の周囲を覆うように木々が繁茂し月明かりさえ見えない。車1台しか通れない狭い道幅だが時間が時間だからだろう、一台も車とすれ違うことなく山の中腹の展望台にたどり着いた。流石隠れた名所、自分たちを除けば車一台ひとり居ない。こんなところに展望台作って誰がくるのか国土交通省と毒付きながらも、まあ今回の目的を果たすにはこの環境はおあつらえ向きだと小さくほくそ笑んだ。
 地にロープを張って申し訳程度に作られた駐車場に車を止めると恋人は嬉しそうに展望台に走っていく。空はまずまず晴れているのだが、僅かに残る暗雲が月を覆い隠してしまうと全く電灯のないこの場所は瞬時に闇の世界へ姿を変える。足元が見えないので注意するよう恋人に促すがあまり納得していないような適当な返事が帰ってきた。
 スマートフォンのライトを翳して慎重に足を進め小野寺の声の聞こえる展望台に近付けば、恋人は手すりから身を乗り出して下を眺めている。かなり標高の高いところまで来たので下を向かなければ都会の電飾は見ることができない。しかし見下ろし見える光景は夜景の名所さながらに都会の電飾の海が揺蕩う様が美しく見える。これでも昨年に比べたら減ったほうだろう。節電で都会の電飾、夜間の灯火は相当減った。無駄なものは削ればいいと思う。だが今まで垂れ流してきたものを普通と思っていた身としては変化の当初の光景に目を疑ったことは否定しない。自分たちが当たり前と思っているものがそうではないことは常々心に止めておいたつもりだったが、実際にそれを目の当たりにすると一種衝撃を受けるものだ。
 小野寺の声に従って下方から目を外せば足元から空を眺めればブラックホールのように真っ黒な空が見える。闇に満ち満ちた天空を見上げ俺は指を伸ばした。
「あれがオリオン座。オリオン座の一番端にある赤い星がベテルギウス。その左下にある明るい星がおおいぬ座のシリウス、そしてこいぬ座のプロキオンを繋ぐと冬の大三角形になる」
「高野さん、詳しいですね」
「昔、よく一人で行ってたんだよ、プラネタリウム」
 そういう家庭で育ったから空いた時間は自分ひとりで過ごすほかなかった。平日は図書館で本を読みあさればよかったが、休日ともなると手は出尽くして行き場所をなくした。地元の図書館に行き本を借りてもよかったのだが、行きなれた場所の方が過ごしやすかったし、逢いたい人が居る学校図書館の方が楽しく過ごせた。
 学生時代にとりたてて勉強勉強と焦った記憶はない。テスト前に一夜漬けする連中を横目にしながら、だったらなんで日頃からやっとかねーんだと不思議で仕方がなかった。普段のペースを崩すことなくいつも通りにしていればよかったから、帰宅部学生の放課後や土日なんてスケジュール真っ白もいいところ。加えて家族的な行事は皆無、友人と呼べるほどの存在も居なかったから望みもしないイベントに誘われてなんてこともなくて。ともすればどうやって過ごすべきかを思案しこめかみを抑えたくなるようなこともしばしばだった。
 そんな時には電車に乗って15分、科学館のプラネタリウムに通った。カップルや親子連れの中を掻き分けて一番後ろの席に座り空を眺めると、目の前に広がる宇宙学とも哲学とも芸術的ともいえる光景が自分たちの遥か頭の上で繰り広げられている神秘に魅せられた。貪欲に知識を求める精神に拍車が掛かって図書館で星にまつわる神話の本をガツガツと読み漁りまくった。自宅に並ぶ星の写真集はその時の名残りだ。
 大学に入学してからは時間があれば横澤と飲み歩くようになったから、星を眺めることはなくなったのだけど。
「まあ昔とった杵柄ってやつ」
「はあ」
 恋人は分かったのか分かっていないのか、それとも聞かない方が良いと判断したのか口を開けたまま空を見つめている。手をすり合わせて息を吐くその姿に少しだけ苛虐心が疼いた。後ろから抱きとめて首筋に掛かる髪を掻きあげ、項に息を吹きかけると真っ赤になって小さく震える。がむしゃらに仕事に向かう日頃の姿から全くからかけ離れた可愛らしい恋人の姿を視界いっぱいに堪能する。
「も、もう、何するんですか…知りませんよもうすぐ…」
「いいんじゃねーの見られたところで何が困、」

 その時だった。空に流星が光の軌跡を輝かせたまま右から左に流れた。と同時に激しい突風が吹き体がぐらりと揺れた。立て直そうと重心を左足に傾けた刹那腕の中にいた温かい存在がするりと消え失せ、俺の右手と左手が交差してバランスを崩す。頭の中が煮立った湯のようにぐつぐつと湧いて一瞬思考を失った。調整を失った瞳孔がコントロールを取り戻し思考することを再開するまで数秒。全てを取り戻した時、先程まで小野寺の居た場所に詰襟姿の青年が座り込んでいるのに気付いた。
 彼は白く細い指で顔全面を覆っていた。言葉を発することなく微動だにもせず。彼はしんしんと降り積もる雪のように、静かに熱い嗚咽をこらえながら小さく肩を震わせて涙しているようだった。
 隣に屈みそこから彼をじっと眺めた。素晴らしいタイミングか、神の計算かそれともはたまた悪戯か。暗雲に覆われていた月が空に顔を出しアルテミスが微笑むかのような清らかで優しい光が満ちた。目の前に屈む少年と青年の中間とも言える繊細な年頃の『彼』の髪が純銀の糸のように煌びやかな輝きを放ち、俺は目を細める。手を伸ばしその髪に触れると、懐かしさを感じると共に先程まで触れていたものと同じ感覚に指が震えた。
 務めて優しい声音で話しかける。
「どうした…?」
 彼は答えなかった。言いたくないのかもしれない。だが俺の手を払いのけようとはしないので拒絶はされていないと受け止めた。小さな形の良い頭を胸に抱き寄せて髪を梳くと美しき翡翠の瞳は流れる水晶の涙を下瞼に湛えながら、目を大きく見開いてこちらを見上げた。
「好きな人に、振られました…」
そう言って彼は重くて仕方がないと言わんばかりに首をがくりと項垂れた。堪えていた嗚咽を留めることが出来なくなり吃逆に肩が上下する。次々にこぼれ落ちる涙に月光が反射してダイアモンドのように輝いた。
「――さ、がせんぱ…」
 嗚咽の中に混じる耳に馴染みすぎるほど馴染んだ言葉が、ぎりぎりと胸を締め付けて息苦しさに思わず目を瞑る。
 僅かな誤解によって生じた別離が彼の心を深く深く抉り、もう二度と学校に足を向けられないほどのトラウマを植えつけた聞いたのは再び小野寺と心を通わせるようになってからのこと。それまで自分が振られたのだと思い込み、心の闇に飲み込まれていたというのに。
 生まれて初めて心から想った人と心が通じたことに歓喜したにも関わらず、それが自分だけであったと、相手にとっては片手間の遊びでしかなかったとそう固く信じ込んでいる彼の心の闇を思うと、目の前の彼を傷付けた昔の自分――まだ小野寺を傷付けたことなど微塵も感じていない――のところにタイムマシンで乗り付けて殴りにいきたい衝動に駆られる。しかし過去の代償として同等の苦しみを何年も背負い、それを乗り越えて今の安寧にたどり着いたことを知っている身としては、今にも口から溢れんばかりの非難がいかに的外れであり、相応しくないことも重々に理解している。ぎりぎりと唇を噛み締めてその思いを飲み込んだ。
 小さな薄い肩は先ほど抱き寄せた小野寺のそれより更に小さく、強く抱きしめれば壊れてしまいそうだ。胸の中で絶望にむせび泣くこの弱々しくて愛しい存在に力を貸すことも出来ず無力感に苛まれる。出来るのは只慰めの言葉を口にして泣き止むまで抱きしめてあげることだけ。
 丑三つ時に入り夜の山頂は更に寒さを増し、ぶるぶると震える細い体をダウンジャケットの前を開けて中に抱き込むと、彼はぽつりと言った。
「嵯峨先輩の匂いがする」
 胸に湧き上がったえも言われる感情に動揺した自分を隠し通せただろうか。言葉を紡ぐことで意識を逸らすことしか出来なかった。抱き込んだ細い首元に顔を埋めるとほんのり匂い立つ色香は全く小野寺のものと同じ。サラサラと流れる髪に指を通してゆっくり梳いた。
「先輩は片時も忘れることなくお前のことを想ってる。だからお前もずっと忘れず想い続けて。また会える日がきっとくるから」
 それから小さな頭が重心を失ってグラグラと揺れ始めるまでそう時間は掛からなかった。涙で腫れてしまった瞼に俺の指が触れても凪いだ海のように静かな寝息を立て、赤子のように無防備に彼は眠り続けている。それに安堵しながら、愛しい恋人の面影が残るその顔をずっとずっと眺めていた。
 朝まで、ずっと。




「…て、…さい、起きてく、…、っていうか起きろ!」
 いつもの小野寺の怒号で目を開くと、目の前にはダウンジャケットを来た27歳の小野寺が仁王立ちしている。眉は逆八の字、背後にメラメラと炎を滾らせながら怒っている。ひぇーこえー。恋人が世界一愛しい存在から世界一怖い存在にもなるというこのパラドクス。つい最近発見したこの新事実を小野寺以外のエメ編メンバーに言うと、全員が一様に残念な目で俺を見た。
 そんなどうでもいい雑念を首を振って振り払い、無理な体制で眠りについたためがちがちに固まった体を伸ばすべくストレッチを繰り返していると小野寺が近付いて来て聞いた。
「どうでした、昔の俺?」
「なんか絶望の真っただ中に居るって感じで、あまりの可哀想さにうっかり手を出しそうになった」
「今の高野さんが高校生に手ぇ出したら犯罪ですよ」
 けらけらと笑いながら軽口を叩く小野寺とのやりとりが好きだ。先ほど泣いていた人物と同一人物(10数年後の姿に同一人物というのもおかしいとは思うが、成長しただけで中身はほとんど同じなので敢えてそう表現しよう)とは思えない様相に思わず笑みが溢れる。
「高野さんに一晩中抱きしめてもらったこと覚えてますよ。嵯峨先輩と同じ香り、同じ温もり、きっとこれは夢だ、ならこのまま身を任せてしまってもいいかなと思っていたらそのまま眠ってしまったんです。でもそれが夢じゃなかったって知ったのは…」
 小野寺がポケットから取り出したのは小さく丸い金属。少し傷ついてはいるが、コーティングのほとんどは綺麗に残されている。
「朝になったら冷たくなってたから何かわからなくって。これが電気カイロだって知ったのはつい数年前ですよ。充電器はこっちだから使えなくって…これで漸く使えます」
「そっちはどうだった?」
「家で二人で過ごすクリスマスはどうしようか机上で真剣に悩んでいる真っ最中でしたよ。ベッドの上にいきなり俺が現れてかなりテンパってましたけどね。最初はぜんっぜん喋ってくれませんでしたけど、未来の律だって言ったら興味津々にいろいろ聞いてきました」
 古い記憶の欠片をたぐり寄せ、茶色く煤けた映画のフィルムを一部切り取ったかのようなものの中にそういうものがあったかもしれないと思い出した。今晩時空を越えて作り出された記憶が過去のものとして刻まれているのは、何となく感じが悪くすんなりとその記憶を引き出すことが出来ない。思い出そうとすると瞼の裏がチカチカする感じがする。記憶2割、小野寺からの報告を初めて聞く話として知るのが8割というところかもしれない。
「で、お前何言ったわけ?」
「ふたりの間には大きな困難が生じるだろうけど、お互いを信じて愛し抜きなさいって教会の神父のように切々と説いてきました。最後に10年後の俺の好きな人は誰ですかって試したように聞いてくるから、高野さんっていう心に決めた人がいるって言ったら椅子から転げ落ちました」
「あーそんなこと言われたっけ。学生時代の俺超不憫」
 唇を今まで以上に釣り上げて微笑むこの端正な顔立ちの若者の言葉に当時いたく傷付いたことを思い出した。母が離婚して旧姓に戻るまでその意味が分からず、将来は別離の道を歩んでしまったものだと悶絶した日々があった。昔の俺の動揺たるや推し量るのも不憫で仕方がない。ああ俺は今の俺でよかった。そんな意味のわからない言葉を呟きながらため息をついていると、僅かに周辺の空気が白く滲んだ気がした。大気中の霧が空から降りてきた光の道筋を淡く照らし出していく。
「もうすぐ夜明けです」
 全てを飲み込んでしまうような暗黒の海の奥から地平線を起点とした天然のグラデーションが繊細な色合いを描き、一刻一刻時が進むごとにそれは輝きを増し俺たちの足元も少しずつ見えるようになる。
 普段は無機質なコンクリートに固められた建物に押し込められ目に入るものも人為的に作られたものばかりで、自分たちは生きているというより生かされていると思わされる。だが、人間の力など足元にも及ばないような自然の力を見せつけられると、この壮大なる地球の中で自分たちは小さな存在だけれど、やはり生きているのだと思わざるを得ない。


 遠く遠く遥か昔、生命体が誕生した。神がうっかり間違えて作ったか、それくらい作ってもいいかなと気まぐれを起こしたかは俺たちの知るところじゃない。それから長年の時代を越えて、人が生まれ、ものの概念が生まれ、言葉が生まれ、文明が生まれ、この21世紀になるまで長い年月をかけて進化した。創造と進化の長い過程に比して平均寿命80年とはなんと短いことか。その途中アクシデントがあればもっと短い可能性だってあるのだ、人生いつ何が起こるかそれは神のみぞ知る。
 死が訪れるまでの残り時間はかけがえのない大切な時間。
 人生80年なら1年365日、閏年加えて4年に1回366日。どんなに天気がよくても29220回しかこの美しい夜明けを見ることは出来ない。
 一瞬たりとも無駄にするなよといわれているかのように地平線を持ち上げて海を突き破ったかのように現われた太陽が燃えるように輝いている。いや実際に太陽は燃えているのだ、広大な宇宙の中で。遠く離れたところから光の速さにして約8分で届けられるその温もりと光に目を細めた。隣に立つ恋人も全く同じように、付け加えるなら口を開けて目を向けている。あまりに可愛いので口に指を突っ込んでやるとぷりぷりと怒ってぽかぽかと叩いてきたので、今度は桃色に輝く頬を引っ張ると細い足が軽やかに空を舞い、回し蹴りを決め込まれ俺は地に伏した。




 月日が流れるのは早いものでこの世に生まれ落ち早29年。小学生の頃は1年ずつ学年が進んでいくのをとてもゆっくりに感じたものだけれど、高校からは怒涛のように早く流れ、18歳の頃なんてまるで昨日のことのように感じる。実際はこの10年を死にものぐるいで生きてきたからこそ光の速さで通り過ぎてきただけだ。
 手のひらからこぼれ落ちた日常が特別になり、パラパラと音を立て飛び跳ねて広がるそれを慌てて拾い集めたところで、二度とは帰らない。失ったものの大きさに気付いたときはもう遅い。失って人は初めてその価値を知る。
 小野寺を失い地獄の淵に立たされていた時、10年後の小野寺の言葉に縋ってまた出会えるのだとひたすらに信じて彼を思い続けてきた。そしてまた彼と心を交わすことが出来る今は紛れもなく奇跡なのだと思う。もう二度と離すものか。数多く諦めてきた人生の中で、これだけは譲れない願い。


 もうすぐ12月、俺は30歳になる。
 人生80年なら、あと50年しか生きられない。
 50年は短いぞ、小野寺。
 今まで出来なかったことをいっぱいしよう。
 春は桜を眺め、夏は海へ行こう。スイカも忘れんな。秋は京都に紅葉を見に行こう。二泊三日だそれ以下は譲れねぇ。馬車馬のように働いて仕事終わらせて日程調整しろよ。冬は…そうだな、炬燵で蜜柑を食べながら紅白歌合戦を観て除夜の鐘の音を聞こう。108つの鐘の音を聞きながらその煩悩ひとつずつお前に試してやる。きっと半泣きでやめてくださいと言いながら、快楽に弱い小野寺は流されてしまうだろう。


 それまで透明無色だった俺の毎日は彼との再開により鮮やかに色を変えた。最近専らピンク色のそれは他人にとっては目の毒になるくらいらしい。他人のオーラが見えると主張する木佐曰く、である。彼のその能力はいざ知らず、まああながち当たらずとも遠からずといったところだろう。その観察力や流石繊細表現を得意とする少女マンガ編集と言わざるを得ない。くすりと自然に笑みが溢れた。
「小野寺、長生きしろよ」
「高野さんこそ腰無理しすぎると早死しますよ」
「じゃあお前が頑張ってくれんの?」
「…!」
 小野寺を絶句させる度にしてやったりと思ってしまうこの意地の悪さはもう生まれついてのものなので変えることは出来ないだろう。残念だな。
「あ、そう。言い忘れてたけど来月お出かけするから、紅葉鮮やな京都へ」
「え、そんな時間…」
「取材をかねてだからな、編集長命令で無理やり時間作った。その代わり前後ぎゅうぎゅうに仕事詰め込んでんだから死んでも乗り越えろ」
 そう言って小野寺の可愛い手を握りしめて空に翳した。手の平越しに見えた太陽は燦燦と輝き、まるで御光のようだ。俺たちは手を繋ぎ車へ足を進めた。今日も、明日もふたりで歩いていく日々を思い、思わず笑みが溢れる。
 これからもずっと。
 ふたり誓ったように、死が二人を分かつその瞬間まで。
 白み始めた薄いグラデーションの空に月がうっすらと輝いていた。









なみさまのリクエストで現在の律と10年前の律が入れ替わるお話でした。『星に願いを』で星のことを調べていたら、しし座流星群の大出現が丁度10年前だったと知りました。あの時はマスコミも星の話題一色でしたよね。あのときからもう10年も経つんだーと思うと時の流れは本当に早い。
お話の都合上10年とちょっと遡らずをえず、せっかく10年前のしし座流星群と時期が合ったのにその設定を生かしきることが出来なかったのが残念です。
いろいろ計算したら時系列がおかしいのですが、このあたりの設定はあまり触れないでいただけるとありがたいなーと。
…うううリクエスト少し変更してしまってすみません。
なみさんが少しでも喜んでいただけたら嬉しいです。
リクエストありがとうございました。


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