吹き付ける風が冷たくなり仕舞っていたニットやコートを押入れから取り出した。それらを身に纏い鏡の前に立つと冬の訪れを深く実感する。 街行く人々の服装が長袖からコートに変わり、鮮やかなマフラーが巻かれた肩を竦めながら早足に立ち去っていく。喫茶店の窓越しに通りを眺めながら、色付いた街路樹の葉が風に飛ばされていくのを見た。 高野さんのことを意識し始めたのは丁度これくらいの季節だった。 意地の悪い顔をして彼はいつから好きになったのと聞いてくるけれど、そんなの答えられる訳がない。 じわじわと熱をもって燻っていた残り火のような感情が、与えられた愛情や優しい手に絆されてまた燃え上がっただけで。きっと10年前からずっと高野さんのことが好きだったのだ。 10年の時を超えて実った初恋。 少女漫画におけるいくつかのシチュエーションにおいて固定ファンがいると言われる。数年後に初恋の人と再開するというのもそのひとつで、初恋を忘れられない人が如何に多いかということを物語っていると高野さんは言った。 それが叶わないと思ってるからこそ、マンガに夢を求めるのだと。 だから、今こうやって俺たちが一緒にいられることはとても奇跡的で幸福なことなのだと。 セイロンティを飲み干してティーソーサーに置き、何となく感じた違和感に外に目を向ける。ガラス越しに見慣れた顔が覗き、小さく片手を振った。シャラランとドアに付けられた鈴が鳴り彼が大きな足音をたてて入ってくる。はあはあと息をあげているのをみるときっと走ってきたのだろう。マフラーを外し、コートを脱いで目の前の椅子に座ってもなおやや息が荒い。そんなに急がなくてもよかったのにという言葉が出そうになる寸前で押しとどめた。 「待った?」 「ちょっと。でも考え事してたから全然気になりませんでした」 「へぇーどんなこと」 「知りたいですか?」 「そりゃね」 「高野さんのことですよ」 そう言うと目の前の世界一男前の顔がみるみるうちに溶けていく。 「で、どこいく?」 「え、高野さんが行き先決めとく番でしょ」 「俺がどんだけ忙しかったか見てただろ」 「知りませんよ」 「じゃあちょっと調べるから」 スマートフォンを取り出し検索をかけているようだがうまくいかないらしい。苦々しげに顔を歪めて小さく搾り出した言葉は、 「手袋忘れたから手が悴んで動かねぇ…」 「去年プレゼントしたじゃないですか」 「探し出す間がなかったんだよ。急に寒くなったから」 「はいはい。すいませーん、ブラック1杯お願いします」 一見完璧に見える彼のそんな一面を見られるようになってもっと愛しくなった。 可愛い。 そんなふうに言ったらこの人は憮然とするだろうか、それとも目尻を落とし今まで見たことのないような蕩けまくった顔をするのだろうか。もっと彼を知りたい。 机の下に手を伸ばし、高野さんの冷たい指先をゆっくりと握り締めた。 |