Black valkria




長い廊下を道なりに歩いている途中、脇から酷く危ない足取りの人物が私の前方に現れた。
千鳥足とでも言うのか、足の動かし方が不規則で定まっていない。酔っ払いか。





「あのぉ…?」


恐る恐る声を掛けてみるが、全く反応が無い。泥酔状態かな。近寄ってみると、相手は私よりも背が高い。185cm以上はあると思われる。
顔を覗き込んでみると、とても端整な顔立ちをしていた。が、瞳が陸に打ち上げられた魚の様に死んでいた。
ぼんやりと、漂う様にふら付く足取りで前に前に進むその人は、進もうと言う気持ちがあるのだが、大きく横にそれて壁に激突しそうだった。


宙を彷徨う手を戸惑いながら引くと、青年は止まった。良かった。もう少しでこの綺麗な顔が台無しだ。
体の向きを直して手を離すと、彼はどうしても壁側に引き寄せられてしまう。





「え、こっちですか」


手を引けば、簡単に彼は進む事が出来た。何かに導かれる様、いや何かを追う様に青年のふら付く足は動いた。
手を繋いでいない方の手がたまに何かを掴もうと宙を泳ぐ。長い廊下は案外早く終わった。
分厚い鉄の扉を押し開くと、暖かい光が視界一杯に広がった。





「あぁ、風が気持ちいいですね」


相手にそう言っても多分、返事は返ってこないだろうと分かっていた。それでも呟かずにはいられないのが、人間だ。
突然、青年の腕に力が入った。見ると、彼はただある一点を見つめていた。





「兄さまーっ!!」


「お兄、様?」


そう叫びながら、階段を駆け上がる少年の瞳の縁には溢れそうな涙が浮かんでいた。
一瞬、脳内で私は一人っ子なので弟や妹はいない。両親に隠し子がいたなら別だけど。
そんな馬鹿な事を考えた。兄とはきっと、この青年の事だろう。





「…モク、バ……モクバ!!」


青年の瞳がパッと輝いた。私と手を繋いだまま両手を広げて少年を抱き止めた。あぁ、この二人が噂の海馬兄弟だったのか。
でも、海馬君って高校生には見え……絶対、歳上だと思ったなんて言えないよね!





「感動のところ、非常に申し訳ないんですが…手、離してもらっていいですか」


ごめんなさい、ごめんなさい!本当、自分でも無粋な横槍を入れていると思うんだけど。
流石に、いつまでも気付かれずに挟まれて、感動の再会をされていると、居心地悪いと言うか。
いつまでも私と言う存在に気付かない海馬君に声を掛けた。


「な、何だ貴様はッ!」


海馬君はやっと私の存在に気付くと、繋いであった私の手を叩き落とした。
警戒心剥き出しにして、モクバ君を抱きしめたままババッと随分な距離を取った。


「えっと、何だと言われても…」





「城の中を死んだ目をしてふら付きながら、徘徊し無様に壁に激突しそうな人を見かねて手を引いてきた人です」


「………………………………………………………すまんッ」


説明をすると海馬君は苦虫を噛み潰した表情(ってこんなのを言うんだな)をして、そう小さく言った。
海馬君は人に謝ったり、ありがとうと言うのが酷く苦手らしい。言ったすぐ後に益々渋い顔になっていく。
他人に世話になんかなりたくないと露骨にしっかりと顔に書いてあっが、弟モクバ君の手前無視ともいかないらしい。
別に恩を着せるつもりじゃなかったし「気にしなくていいよ」と私は軽く笑った。すると、益々渋い顔になっていく。
あれ、何か凄い睨まれてる…。


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