「ドルベ」
舌足らずな声で名前を呼ばれたと同時にマントを強く引っ張られ、危うく転倒してしまう所だった。
こんな事をしてくる人物に心当たりがあるのでその相手を驚かせない様にゆっくり振り向く。私を見上げる大きな二つの目。
「どうしました姫」
一国の姫君のする事ではありませんよ。膝を着き、小さな姫に視線を合わせると、突然「ドルベはいつまで騎士さまなのですか」と問われ、小さく目を剥く。
毎回この様に物を尋ねられたり、声を掛けてくれるので好かれている、気に入られているとは思うが…子供とは女の子とはよく分からない。時々、嫌われているのではないかと思う程の事を言われたりもする。
「いつまでもです」
「それではお父さまにおねがいして、ドルベに騎士さまをやめてもらおうかと思いますがよろしいですか」
「よ、よろしくありません…!何故急にそんな事を言うのです」
藪から棒な質問をしてきたかと思えば、私が一体、何をしたと言うのですか。小さな姫に問い掛ける。
国王は姫に弱い。本当に姫がねだれば何でも与えるだろうし、願いも叶えてしまう。
私は自分の立場が危ぶまれる様な、この姫の機嫌を損ねる事をしてしまっただろうか。
「だって、ドルベがいつまでも騎士さまのままだったら、私とけっこんしてもらえない」
私だけのそばにだけいてもらうわけにはいかないでしょう。
小さく項垂れる姫が余計に小さく見える。その歳で父親の権力を使い人を思いのままにしようとした事は(未遂に終わったが)恐ろしい事だが、それ程、この姫に好かれていた事に少々驚く。
「ドルベは私がおきらい?」
「いいえ、まさか」「ほんとう?では私の事がお好きなのね?私がいちばんお好き?私のどこがお好きなの?顔?瞳?声?」
落ち込んでいたかと思えば、ぱっと顔を上げ私を見返す。その顔はとっても明るい。
「……っ、痛いです」
私が即答出来ないでいると、表情がむすっとしたものに一変し、返事を催促する様に額に叩かれた。地味に痛い。ひ、姫、女の子が暴力を振るってはいけません。
「では私がこの国でいちばん美しくなったら、私と結婚してくださいますか」
「…先の事はどうなるか分かりませんが、あなたが大きくなられてもまだ私を好いていてくれたら」
その時は。私が最後の一言を言う前に姫は顔を輝かせまた口を開き矢継ぎ早に言う。
「ほんとう?約束よドルベ、かならずよ。私との約束をやぶったら、その時は針を千本のんでもらいことになりますからね」
約束よ、約束と、何度も繰り返し言う姫の言葉に一つ一つ返事をし、指切りまでさせられた。
「ドルベだいすき」
「…嬉しいです」
先の事がどうなるかは全く分からないがこの時は素直に好かれるのは嬉しいと思った。
やがて時が経ち、私が人々から英雄と呼ばれ、無邪気な姫も美しく成長し、その美貌の噂はたちまち隣国の王子達に知れ渡り縁談話が後を立たずにやってくるのだが――
当の姫は縁談を片っ端から断り、「さあ、ドルベお選びなさい。私を妻にするか、私の夫になるか」どこをどう間違えてしまったのか若干残念な性格になってしまった姫に結婚を迫られるのはそう遠くない未来であった。
ちょっと、話を聞いてください
(それとも針を千本お飲みになる?)(脅迫はおやめ下さい)
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