小説




「真月君はよく頑張るね」


遊馬の愉快なお仲間の一人のなまえはいつもいつも馬鹿の一つ覚えみたいに同じ事を俺に言う。
良かれと思ってとする事成す事、全てが裏目に出る真月零にひと騒動終わった後、思い出したように毎回そう声を掛けてくるのだ。


「そんな事はありませんよ!」


こちらも馬鹿みたいにいつも同じ言葉を返す。
なまえは常にぼけぇっとして、冴えなくて、独特と言うか、何というか、所謂不思議ちゃんだ。
遊馬達以外のクラスメイトからはよく鬱陶しがられたり、面倒事押し付けられたりしている。


今日は教室の掃除当番を一人押し付けられた可哀想ななまえちゃんのお手伝い。
一対一でまともに口を聞く事は滅多に無いし、本当は相手するのも関わるのも面倒だが、一人取り残され、何も言わず掃除を始めるお友達を真月零は無視しない。





良かれと思って余計な仕事を増やしやろうとなまえが背を向けた時、


「真月君、疲れたでしょう」


声を掛けられ、今まさに使用済みの水が入ったバケツを蹴ろうとした足を止める。


「いいえ。良かれと思ってやっている事ですから、平気です」


「へぇ、謙虚だね。毎回感心しちゃう」


「あ、あんまり褒めないで下さいっ、なまえさん!照れちゃいます」


そこはありがとうじゃぁねぇのかよ。手伝ってやってんだぞ。
流石自分の事を可愛そうだと思っていないマイペースな奴。


「………本当に、真月君はよく頑張ってるね」


凄いね。と言う割に毎度の事、なまえの声と表情は褒めていると言うものではない。





「頑張りすぎて、取れちゃわないようにね」


何がだよ。
内心怪訝になりながら、目をぱっちりと瞬かせて、首を傾げる。
本当に何を言っているのか分からずにいると、今度はなまえが首を傾げた。


「私真月君の頑張ってるとこ凄いと思うし、好きだよ」


「…ありがとう、ございます?」


おいおい、話が見えねぇっての。
コイツは真月零が好きって話か?それともまた別の話か。
俺を置いて、一人ゴミ箱のゴミを捨てに立ち去ろうとするなまえを呼び止める。


「あ、待って下さい!僕も一緒に行きます」










「重たくないですか、なまえさん」


「大丈夫」


全然、ゴミ入ってないし。一人でも平気だったよ。
ゴミ箱の両端をそれぞれ片手で仲良く持って、横目でなまえを見る。


馬鹿やお人好しは心配いらない。感のいい奴だって欺けているし、自分から言わない限りバレないと言う絶対的な自信もある。
が、何考えてんだか分からないなまえを相手にしていると、マジで苛つく。調子が狂ってうっかりボロが出ちまいそうだ。





「さっきの話ですけど、一体、僕の何が取れるんです?」


「それ」


尋ねると、なまえは足を止めるので、こちらも立ち止まる。
ゆっくり俺の顔を指差す。人に指差すんじぇねぇよ。飛び出しそうな汚い言葉を飲み込む。
どれだよと苛立ちを隠しながら、なまえを静かに見返す。


たった数秒見つめ合い、そして、奴はぽつりと呟く。





「化けの皮」


取れるじゃなくて、剥がれるだろうが。
電波のくせに。ぼけっとしてるくせに。馬鹿のくせに。俺の事なんて全然見ていないくせに。
いつから知っていた。もしかして最初から気付いていたのか。じゃあ、何で遊馬達に言わない……まぁ、いい。
なまえの考えている事なんて、いくら考えたって分かりゃしない。





たった二人で掃除をしていたので、既に廊下には人気は無い。開け放たれた窓から、グラウンドで部活をする生徒の声が微かに聞こえる程度。
ゴミ箱を放り投げて、俺を指差すなまえのその手を乱暴に掴む。脳裏に洗脳と言う手が過ぎるが、それはしない。


「それがある日――取れちゃったら、どうします」


ほら、こんな風に。
一体、コイツは変貌した真月零をどんな目で顔で見るのか。一体どんな悲鳴を上げるのか。
いつもぼんやりとして曖昧な表情をするこの顔を歪めて見てみたい。いつの間にか苛立ちは消え、だんだん楽しくなってきた。
俺的には泣きながら拒否られるのがベスト。無理やり人には言えない様な事してやって、嬲って身も心もボロボロにしてやる。
どうしてやろうか。期待をしながら、なまえを見ると、


「よく頑張ったね。偉いね。ちょっと疲れちゃったんだね。おつかれさまって言って頭撫でてあげるよ」


ほら、こんな風に。
空いた片手で俺の頭を撫でた。それも無遠慮うに髪の毛ぐちゃぐちゃにしやがって。
茜色に染まる廊下で、小さな子供に笑い掛けるみたいに無防備に笑って。


全くの予想外だ。こんなのを期待してた訳じゃない。詰まんねぇ、面白くない奴だ。





僕だけが死んでしまう
(こんな面倒な奴、放って帰れば良かった)


title:カカリア
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