小説




バチン!
私の後頭部でそう鈍い音を立てて、何かが地面に落ちた。あぁ、またか。これで何個目だろう。


「…結構、気に入ってたんだけどな。このバレッタ」


振り返り、足元に転がるバレッタを拾い上げる。
飾りも色も派手じゃないから、学校に毎日愛用していたら…なんと一週間で壊れてしまった。
私の髪の毛の量が多い所為である。量も多い上に長いときて、いつもいつもバレッタの留め金がいかれてしまうのである。
留める髪の量を少なくしてみたりと色々試行錯誤をしてみても、少し長く持つ程度で、最終的には壊れてしまう。


髪を短くしてしまえばいい話なのだが、それだけはしたくない。
小さいころから、周りの大人達や友達などに綺麗な髪と言われ続け、毎日のトリートメントやブラッシングなど…手入れを怠った事はない。
この髪は数少ない私の自慢出来るもの。私の宝物だ。





「何をしているなまえ」


その聞き慣れた声に振り返る。


「あ、カイトさん」


お仕事中のカイトさんだ。
塾に行く途中、彼とはよく会う。何の仕事をしているかは知らない。共通の友達の遊馬君の話によると「ま、街のパトロール!」…らしい。
本当のところは怪しいけど、それ以上は深く追及はせずにいた。


今日は珍しくいつも後ろをくっついているオービタルがいない。いつもカイトさんとオービタルの遣り取り好きだったのにな。


「…また壊したのか」


手のひらに転がるバレッタと私の頭を見て呆れたようなにカイトさんは言う。


「わ、私好きで壊してるんじゃないですからねっ」


これ、本当に気に入ってたんですから。


「いい加減切ったらどうだ。そう長くて量も多いと手入れも大変だろう」


毎回毎回髪飾りを壊して、手入れに長い時間を取られ、無駄とは思わないのか。
カイトさんも私の髪留めが壊れる瞬間に何度も立ち会っている。だから、何故、私が髪を切らないのか理解出来ないようだ。


「もう毎日の日課ですからね、別に大変なんて思った事ないですよ」


別にカイトさんに迷惑を掛けている訳ではない。この髪は私の自慢で、こだわり。
自分のお金で自分の時間を使って手入れをして、誰に迷惑を掛けている訳でもない。
私はカイトさんに少しムッとしながら答えた。





「その頭で塾に行くのか」


「代わりの髪留めも、今から家に帰ってる暇もありませんからね!」


女のこだわりも分からないカイトさんに関係ないですよ。
ぷりぷりしながら、「それじゃあさよなら!」と大きな声で言って、踵を返すと、


「なら、これでも使え」


「わ!え、何…り、リボン?どうしたんですか、それ」


がしっと、腕を掴まれ振り返ると、カイトさんの手にはピンク色の可愛らしいリボンがあった。
その色とリボンという組み合わせを失礼ながら、カイトさんからは想像出来ない。
リボンとカイトさんを見比べていると、今度はカイトさんが少しムッとたような、気まずそうな様子で答えた。


「――ハルトにキャラメルを買ったら、会計中に通信が入ってな。オービタルがうだうだ言っている内に勝手に包装された」


「あ、ちょっと!」


あぁ、成程。せめてブルーだったら、良かったですね。
言い終えると、私の手にリボンを押し付けてカイトさんはさっさと行ってしまう。


「えっと、ありがとうございます。使わせてもらいます!」


もう小さくなってしまった背中にそう叫んだ。
勉強中に髪が気になって集中出来ないより、包装用のリボンでもありがたく使わせていた…あれ、このリボン。
ペラペラじゃない。分厚くて、それででも凄い触り心地がいい…え、これ絶対、普通の包装用のリボンじゃない!


カ、カイトさんどんな高級なお店でキャラメル買ったんですか…っ!
流石、ブラコ――弟思いのカイトさん。





リボン
(うわ、凄い!このリボン凄くいい!)(それなら、壊れる心配は要らないだろう)
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