小説




初めて、恋情を抱いた人は誰にでも、好かれる太陽みたいな、そんな人でした。
学校では必ず、クラスメイト達に囲まれ、彼は常に中心にいるのです。彼の笑顔は眩し過ぎて、最初は直視も出来ませんでした。
地味で真面目だけが取り柄のつまらい女の私は彼に酷く不似合いのまま彼に近付く事なんて出来ず、とうとう変わる事を決意しました。


まず、可愛い女の子のファッションを研究し、髪も、メイクも…その甲斐あって、クラスメイト達からの評判が良くなりました。
彼とも、少しずつ話す事が出来る様になりました。その度に胸の中が幸せで一杯になり、もっと、頑張ろう。そんな気持ちで一杯でした。
デュエルは酷い上がり症なので、度胸を付ける事から、始めました。そこで変な人から付き纏われる羽目になりましたが、まぁそれは置いといて。





『好きです』


彼と念願の放課後デートが出来たその日。不意に真っ直ぐに差し出される手。
色白でも、色黒でも無いまさに健康的な彼の肌が赤く染まり、私を見つめていたのです。
彼の言葉を理解した瞬間、心が震えました。視界の彼が涙で滲み、戸惑いと、歓喜で震える声で答え様としました。


『えぇ、えぇ…!私もあなたの事を――』










「手のひらどうした。血がついてるぞ」


つい最近の淡く、ほろ苦いどころでは済まされない出来事の回想に浸っている私を現実へと、引き戻す男の声。
私の手のひらの出血に気が付いて、鬼柳さんが私の手首を掴んでまじまじと見つめていました。
私とした事が無意識に手のひらに爪を食い込ませていたなんて…全く、痛みを感じませんでした。
うざったそうな前髪の隙間から覗く瞳を軽く睨んで、私は鬼柳さんの手を振り解きました。


即席でタッグを組んだものの、私のデュエリストのレベルは無いに等しいもの。連敗どころか、一勝もしてはおりません。
それでも、鬼柳さんは飽きも諦めもせず、毎日毎日私の腕を引っ掴んでデュエリスト達にデュエルを挑み続けるのです。
でも、今日だけは絶対に鬼柳さんには会いたくなかったです。





「鬼柳さんの所為なんですよ。えぇ、そうです。全部、鬼柳さんが悪い」


「一体、俺が何をした」


「何を!?何をしたって今言いましたか、鬼柳さん!」


「何だ。いつにも、増して苛々して…今日生理か、生理なのか」


「えっ、な、ち、違いますよッ!」


きょとんとして、全く、身に覚えが無いと。天然でも、許されない事があるのですよ。
私はヒステリックに叫ぶと、乱暴に鬼柳さんの黒いコートに掴み掛かってしまいました。
「鬼柳さんは自分が満足出来ればいいかもしれませんよ」手が、足が、体が震える程に私の中で激情が渦を巻き、押さえきれないのです。





「でも、付き纏われている私は満足なんてどうでもいいし、デュエルだって強くならなくていいんです!
――私はただ、彼に少しでも、近づきたくて…おしゃれだって勉強して、あがり症でも、大会に出て度胸を付け様として…」


「必死で、頑張ってきたのに……」


太陽に、手が届きそうになったのに。





「全部、鬼柳さんの所為で台無しになってしまった!!」





「……つまり、俺の所為で失恋しちまったのか、お前」


普段、人の話を聞かない鬼柳さんが理解してくれて、余計腹が立ちました。


「至極簡単に言えば、そう言う事ですよ。鬼柳さんのお馬鹿ハーモニカ!」


「馬鹿はお前だろうに人間と楽器を一緒にするな」


人としての常識も、ツッコミも、ズレている。


「なら、その彼に言えばいいじゃねぇか。俺とお前はただの……ただの、ただ…の……満足関係?」


「鬼柳さん、もう口開いちゃ駄目です」


誤解が解けるどころか、寧ろ悪化してしまいます。


「それに今から、何を言っても……もう遅いんです。彼には、恋人が出来てしまったのです」


私を好きでいてくれた時間はとても短かったけれど、一時でも私を好いてくれた。もう、それだけが救い。
今でも、好きで、大好きで、鬼柳さんの前でも、涙が堪え切れない程、好きだったんです。





「鬼柳さん、このまま私の前から、消えて下さい。そうすれば、鬼柳さんの事をこれ以上恨みはしません。お願いします」


頭が重くて、俯くと、自分の靴にポタポタと大きな飴玉みたいな涙が零れ落ちました。
ザワザワと周りが騒がしい。そう言えばここが商店街のど真ん中だと言う事をすっかりと、忘れていました。
道行く人々は私と鬼柳さんを好奇の目で見て、立ち止まったり、通り過ぎてゆく。えぇい、見るな見るな。
これは恋人同士の別れ話でもなければ私が鬼柳さんにふられている訳でもない。勝手な想像等しないでもらいたいです。
血の滲んだ方の手首を再び掴まれ、不覚にも見たくも無い鬼柳さんを見れば、





「女の癖に握力強いな、お前」


「誰の所為で「恨みたければ、恨めばいい。人間我慢は体の毒だぜ」


「き…鬼柳さんはもっと我慢しないといけない人間にならなければいけないと思いますがッ」


己の欲望に忠実過ぎるといいますか、人の迷惑を考えて欲しいものです。


「俺は我慢すると、死ぬ」


「な!」


「悪かったな。振り回して、責任は必ず取る」


「へぇ!一体、鬼柳さんがどう責任を取ってくれるんですかね。うら若き乙女の失恋のショックはそう簡単に「なまえ、結婚しよう」





だ か ら 、 何 故 、 そ う な る 。





ハンマーで頭を叩かれた。そんな衝撃と言うのでしょうか、初めてそんな表現をしてもいいと言う様な、衝撃でした。
目ん玉を引ん剥いて、何かのいい間違えか、聞き間違えかと、鬼柳さんを見返せば「なまえ、結婚しよう」二度も言われ、頭が真っ白になりました。
え、え…これってプロポーズって奴ですよね!?私、今鬼柳さんにプロポーズされましたか!?


「ななな、何言ってるんですか!?交際うんぬん吹っ飛ばして…い、いきなり結婚しようだなんて!破廉恥です、不潔です!」


「何を言う。知らなかったとはいえ、俺はお前に辛い思いをさせていたんだ。俺の人生を懸けて償わなければ」


「いえ、そこまで大げさに償ってもらわなくても…寧ろ、迷惑で「そうだ。結婚すれば俺とお前の発展途上の信頼関係はより深く、強いものとなり、デュエルの勝率は上がり、お前はデュエルの腕に自信が付き、俺ともデュエルが出来る様になり、俺は満足出来て、全てが解決するじゃないか…そうだ。俺とお前が結婚すればいいんだ。それしか、俺達が満足する道は無い」


失恋のショックは鬼柳さんの超吃驚発言で吹っ飛んでしまいましたから!
もう、完璧このパターンはヤバイですって。徐々に鬼柳さんの瞳がキラキラと輝いて、怖くなりました。


「いやいや!私満足なんてどうでもいいんですって!第一、鬼柳さん、私を好きでもないのに結婚なんかしていいんですか」


「お前の事は結構好きだ」


「結構好きで結婚決めていいんですか!?」


「よし、早速結婚しよう。式は教会か、神社か、どっちで挙げたい」


「私ウェディングは教会と決めて…ち、違うぅぅ!!」


例の如く、私の手を引っ掴んで鬼柳さんは駆け出すのです。





「誰か、助けてー!私結婚してしまうぅうううう!」


道行く人々は「あ、仲直り出来たんだ」と微笑みを浮かべて鬼柳さんと私を見つめていた。
違うのです。違いますから!そんな微笑んで拍手したり、手を振ったりしないで下さい。





それなら、愛して
(誰よりも、大切にする)(あぁ、神様!一体、私が何をしたと言うのですか!)
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