小説




サテライトを去る時、一人の少女が俺に行くなと泣き縋った。


「ジャック…っやだ」


「なまえ…俺など忘れてつつが無く暮らせ」


歳は俺の随分と下で、俗世の穢れ等を全く知らない真っ白ななまえ。
対して構っていなかったのに、向こうが懐いて俺の後ろをよく付いて回っていた。
けれど、今から俺はこの街を出て行く。全てを捨てキングになる為に――この子は連れて行く事は出来ない。





「泣くな」


「だって…ジャックが、行っちゃうんだもんっ」


だから、はなせない。
少し強く言っても、泣いて泣いて俺の腕を掴んで放さなかった。
いつもならば、聞き分けのいい子なのだが、今日ばかりは言う事をきかない。
振り解けばいいだけの事だが、なまえには手荒な事はしたくなかった。


「泣くなと言っているだろう」


行くなとは言うが、不思議となまえは自分も連れて行けとは決して言わない。


「とめたくても、とまんないの…っ、ひっく、ふぇ」


小さな体で大きな涙の粒を零しながら、なまえは嗚咽を漏らす。


「なまえ……顔上げろ」


それに素直に従い顔を上げた。こんな男の為に涙も拭わずに泣いて。
膝を折り、少女の顔を覗き込む。涙で濡れた頬に手を添え、泣き腫らした瞼に優しく口付けた。唇を押し当てた場所の熱の熱さに小さく驚く。
俺がそんな事に驚いているとも知らずになまえはくすぐったそうに身を捩り、微かな声を上げる。


俺がいなくなったら、この子はどうなる。悪い大人に汚されてしまったら、傷つけられたら…。
そう考え出したらきりがない。だが、俺は、俺はもう守ってやれない。





「ジャ…ク…」


そのまま親指で涙を拭ってやると、俺の名前を呼びながら、なまえが薄っすらと瞼を開き瞬きを繰り返す。
長い睫毛の間から、兎の様に真っ赤な目が俺だけを映す。なまえは自分の頬に添えられた俺の手の上に自分の小さな手を重ねた。


不意になまえから精一杯顎を上げて互いに額がコツンと軽くぶつかった。いじらしいその行為に少女を掻き抱きたくなる衝動へ駆られる。
愛しい子。駄目だ。このままでは俺は動けない。なまえにこれ以上何か言われたら、地に足が縫われて根を張ってしまう。


「おねが…」


その言葉を遮る様に赤い小さな唇にキスを落とした。





「――駄目だ。なまえ。さよならだ」


唇が離れると驚いた様な、呆然とした顔をしたなまえがいた。その瞬間、俺の腕を掴むなまえの手の力が緩んだ。
小さな手を優しく解き、俺は振り返らずに進んだ。





もう、少女は俺の後を追いかけて来なかった。





さよならのキスをしよう
(どうしてと、そんな顔をしていた)(好きだったからに決まっているだろう)
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