小説




もう、最悪。
折角久しぶりに会う友達と街で遊んでいたのに新しいパンプスが靴擦れを起こして足が痛い。
パンプスは黒のエナメル製で装飾は一切無いシンプルな物。ヒールもそんなに無いから歩きやすく、お店で見掛けて即気に入って買った。
だけど今は歩く度に足が痛い。友達には楽しんでいる所を気を遣わせるだけだから、言わず、痛いのを我慢してやり過した。
そしてその友達とも今さっき別れて後は帰るだけだとなった。


人通りの多い駅を人ごみに揉まれて歩いた。電車に乗れれば座れる。もし席が空いてなかったら、優先席でもいい。
僅かな希望を胸に電車に乗った。しかし車内は私の予想を裏切る結果となった。車内は満員だった。
ぎゅうぎゅう詰めで優先席にも空きは無い。仕方なくドア付近の手摺に掴まって揺られる電車内で必死に足の痛みに耐えた。
何駅か過ぎて人も大分、減った。だけど席に空きは出来ない。そして終点まで後、何駅か辺りで見慣れた顔がドア越しに見えた。


「なまえ」


「あ、遊星君」


クラスは違うけど一応、顔見知り程度の友人。遊星君とは共通の友人の紹介で知り合った。
乗り込んできた彼はチラリと空きも無い席を見てそのまま私と一緒にドア付近に留まった。
他愛の無い事を話している内にも痛さを忘れる事が出来ず、足を気にする私に遊星君は気付いた。





「足、痛むのか」


「靴擦れで。折角、遊びに来たのに逆に疲れちゃった」


「女はよくそんな危なっかしい靴が履けるな」


男の子にとってローヒールもハイヒールでも同じに見えるみたいで関心した様に遊星君はまじまじと私のパンプスを見た。


「海外じゃ男性がハイヒールを履いて女装しないと出れないマラソン大会があるんだって」


女の子だけじゃないよ。こんな靴を履くのは。
これは冗談じゃない。いつかニュースで見た。それを聞いて遊星君がそうなのかと呟いて小さく笑った。
彼の笑った顔はかなりレアらしい。長く付き合いのある人でもそうそう見れるものじゃないとか。
靴擦れさえなければ今日の私はラッキーだったのかもしれない。





やがて終点に着くとのろのろと電車から降りた。さっきまで隣にいた遊星君がいない。先に降りちゃったのかな。きょろきょろと周りを見回した。


「後ろにいる」


静かな落ち着いた声が耳元から聞こえてきた。振り返れば人ごみに押されない様に私のすぐ後ろにいてくれた。
改札口まで一緒に出ると私は遊星君にお礼を言おうと振り返ろうとしたが既に遊星君は私の後ろから前へと移動していた。
そして何故だか切符売り場前のベンチまで腕を引かれ連れられた。


「少し、待っていてくれ」


「え」


「そこに座って待っていてくれ」


「あの、ちょっと…!」


聞き返すとまた繰り返して遊星君はどこかへ行ってしまった。
待っていろと言われて立ち去る訳にもいかずに私は鞄を抱えてベンチで遊星君を待った。やがて5分もせずに彼は戻ってきた。
手にはすぐ側にあるコンビニの袋を提げていた。





「遊星君」


コンビニで絆創膏とウェットティッシュを買ってきてくれた。なんて良い人なんだろう!
そんなに親しくも無い私にそこまでしてくれる遊星君の親切にヒューマン映画を見ても泣かない私は涙が出そうになった。


「足、見せてくれ」


「そ、そんな悪いよっ!」


「絆創膏とか買ってきてくれただけでも感動ものなのに、それくらい自分で…」


手当てまでさせるなんて厚かましい。
首を左右に振って断り切る前に遊星君は私の前で片膝を付いてパンプスを脱がしてしまった。
遊星君は私の足首を優しく掴み軽く捻って靴擦れを起こした場所を確認していた。
うぅ、通行人にチラチラ見られてちょっと恥ずかしい…せめてもの救いは足の爪の手入れをしていた事くらいか。


「少し滲みるぞ」


「あ、はい」


私の心情を知りもしない遊星君はウェットティッシュで靴擦れを起こした場所を拭いた。エタノールが本当に少し滲みる。
なすがままにされ、手持ちぶさたな私は相変わらず鞄を両手で抱えて遊星君の手元を見ていた。実に手際よくその手は動いていた。





「こんな時に言う事じゃないかもしれないけど」


「何?」


そうぽつりと漏らした。
聞き返しても暫くして無言が続いた。一体、何なんだろう。





「好きだ」





「……へ」


まず、何がと聞き返したかったけど、私は間抜けな声を上げる事しか出来なかった。
言い終わると同時に手当てが終わって遊星君は私の足にパンプスをはめた。


「俺がアキに頼んでなまえに紹介してもらったんだ」


ずっと君が好きだった。
突然の告白に遊星君を見た。彼も私を見上げていた。それ程親しい訳じゃないと今日、何度も思った。
そんな遊星君が私を好きだったなんて夢にも思わなかった。


「この気持ちは、迷惑だろうか」





「ちょっと、びっくりしたけど…迷惑じゃないよ。だって遊星君を嫌いな理由は無いもの」


実は私も好きでした。なんて少女漫画的な展開を言う訳じゃない。





だけど遊星君の笑った顔をもっと見たいと思った。





つまさきから愛を
(パンプスが恋を運んできた)
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