小説




毎日毎日、それはしつこくロードが学校に連れて行けと煩いのでとうとう、私は学校に彼を連れて行ってしまった。
初めの内はそれこそ、行儀良く大人していたのに。授業開始十分で飽きたのか、私に話し掛けてくる。
それはもう、楽しそうに、嬉しそうに『授業を受けるなまえさんも、家とは雰囲気が違って、いいですね』とか。全く煩いのよ!
人が真面目に授業を受けて、私が言い返さないのも、やり返せない事をいい事にセクハラまがいにべたべた触ってきて。





やっぱり、ロードを学校に連れて来るんじゃなかった。心から、後悔した。






「気持ち悪い。ずっっっと、ニヤニヤして」


『なまえさんが始めて、僕を連れて外出してくれたんですから、喜ぶなと言う方が無理でしょう』


「あぁ…そう言えば、初めてね。ロードを連れて歩くなんて」


ロードのセクハラに耐え、漸く放課後となった。一緒に帰ろうと、カラオケに行こうと誘ってくれた友人達を振り切り、ロードと帰路を辿る。
人気の無い事を確認して頷くと、ロードが擦り寄ってきた。何なのよ!学校に連れて行っただけで…そんなに嬉しいの。
払い除ける事が無意味だと知って、自分にここまで懐くロードに複雑な気持ちになりつつも、振り上げ掛けた手を下ろした。
早足で歩く私の二、三歩後に続くロード。





『ねぇ、なまえさん』


「何よ。言っとくけど、明日も学校に連れてけなんて言わないでよ」


『あぁ、それは残念です。ですが今言いたいのはそうではなくてですね。――愛しています。なまえさん」


不意に渇いた音を小さく立てて、虚しく胸に転がる愛の言葉。
囁かれたその言葉に私は顔が自然と険しくなるのが分かる。足を止めて、ロードへ振り向いた。


「私がそう言われるの嫌だと知りながら、あなたはまた言うのね」


『はい、言わずにはいられないのです。なまえさんがそんな傷ついた顔をしても、この口は止まりません』


動かぬはずのこの心臓はあなたへの溢れる激情で突き動かされている様なのです。
まるでどこかの演劇のお芝居の様に大げさにロードは自分の胸に手を当てて、言う。


『ですからね、今すぐ僕を破いて、灰にして下さい』


「…え」





『僕はなまえさんが欲しいんです。その声も、その細い喉も、その傷付いた顔も…そうでない顔も。
でも、あなたにとって、僕は不確かで曖昧でズルイだけの存在でしか、無いわけですね』


これ以上一緒にいるのはなまえさんにとって、良くないと思いまして。身を引く事にしました。


「そ、う」


『なまえさんは若いのに頭が固い上、酷く心が狭くて、とっても、臆病で。
こんな僕を愛してはくれないでしょう。世界がひっくり返っても、そんな事はありえないでしょう、ふふ』





『だから、僕は生温いだけのあなたの世界から、お別れしましょう』


何なの、ロードは何かを企んでいる…?急にこんな事を言い出すなんて。私を試している?
私がロードを破く事なんて、出来ないと高を括ってこんな事を言うの?


『ふふ、今なまえさんは僕が何か良からぬ企てをしているのか、そう考えているのでしょう。
そうですね、そうとも言えるし、そうとも言えなくもありせん。早く、当ててみて下さい。なまえさん』


その胡散臭い笑みで分かった。また私で遊んでいるのだ。ロードは。久しぶりに本気でロードに腹が立った。
口元には相変わらずの胡散臭い笑み。でも、怖いくらい感情の篭らない金の瞳。その瞳が最初は怖くて、嫌でたまらなかった。
今は怖さよりも、憎たらしさの方がかなり、大きい。私が表情を固くしている間も、ロードはマシンガンの様に口を動かした。


「私で遊んでいるんでしょう。私がどんな反応を返すか、楽しんでいる最低な遊びよ」


『そう、僕は最低なんですよ』


最低ですよねぇ、僕って。
(こんな最低な遊びを心から楽しんいる。なまえさんの心を僕への憎しみで一杯にしようとしています。
だって、こうでもしないと、貧乏性のあなたは僕の事を破けません(殺せません)から)






肩に付いた埃を払うみたいに、簡単に頷く。私は心臓を鷲掴みにされて、弄ばれているみたいだ。
それだけの為に二度と聞きたくなかった言葉を、私が一番聞きたくなかった言葉を。貼り付けただけの嘘の笑顔で吐いた。


いい加減、私も疲れたわ。あなたの趣味の悪い遊びに付き合わされるのも。
そうよ。レアカードなんて、関係ない!こんな悪意の塊りなんて、最初から破り捨てて、消していれば良かったんだわ。
悪魔に出遭ったあの日に、惑わされたあの日に、触れさせてと言われた日に、破って、私の世界から、消していれば。
こんな切なくて、苦しくて、憎くて、こんなこんな気持ちにならなくて、済んだはずなのに。


鞄から、乱暴にヴァンパイア・ロードのカードを取り出し、指を掛ける。





「本当、最低で最悪な悪魔だったわ…あなたってッ!」


大きな声を出しているはずなのに、自分の声とロードの声が、耳を塞がれているみたいに、ぼやけて遠くに聞こえる。
自分が消えると、分かりきっているのにロードはいつもの調子で。
ここまで、私を馬鹿にしといて、私が自分を破かないと思っているのだろうか、そんな自信でもあるのか。





「なによ、信じて良いなんて言って、そんな事を言っても…結局、私から」


私から、消え様としているじゃない。信じた私がいけなかった。


ロードのした事全て許せる程、私の心は清くも広くも無い。私はただの子供だ。
指に入る力が強くなる。視界の端に入るロードの口元は綺麗な弧を描いていた。
許さない、許せないの、私はあなたを。唇が震えて、声が出なかった。





数年ぶりに子供みたいに大きな声を上げて泣いた。道端だってのに、地面に崩れる様に膝を付いて。
砂や小さな砂利が膝に当たって、痛いはずなのに、全然気にならない。
触れられないモノは信じてはいけない。そんな不確かなモノが私に一体、何をしてくれる。何を与えてくれる。


それは私から、奪うだけ奪って消える泡沫の夢。
そんな、掴めない腕からすり抜けてしまうモノの幻を信じた後の虚しさを知っているもの。





「それ、なのに、どうして…私は」


どうして、私は信じてしまったんだろう。ロードを。自分の信念を曲げてまで、それ程までに、私は好きだったの?
ロードといる時間が?ロードが?嘘でしょう。あんな性格捻じ曲がった嘘吐き悪魔精霊が。
悔しくて、悲しくて、ぐちゃぐちゃだ。結局私は――


今自分が手にしているものを見た。










『馬鹿ななまえさん。ちゃんと僕を破いていれば良かったのに。
中途半端の生殺しとは…人が悪いですね。まぁ、僕が言えた事ではありませんが』


冷たい美貌のかんばせ。その顔の半分を隠す色素の薄い髪の間からは私が今つけたばかりの大きな傷が覗いた。
傷を負わせられたにも関わらず、ロードは相変わらずの胡散臭い、薄ら寒い微笑みを浮かべ、私を見下ろした。
それは驚きも、喜びも無く、ただ貼り付けてあるだけの能面の様なゾッとする微笑み。


『いつか、きっと、後悔する日が来ますよ。僕はあなたに酷い事をしてしまうかもしれない』





『――それでも…正直嬉しいと言ったら、怒りますか』


それなのに声だけ優しい。嘘だ嘘だ。こいつはまだ私を惑わそうとしているんだわ。そうだ。そうに決まっている。
あぁ…あぁ、あぁ、嗚呼!それなのに…どうして、どうして、私はそれを聞いた途端に。
まだ、ロードが傍にいると…こんなに安心してしまうの。


「もう後悔してるし、怒ってるわよ!変態精霊めッ!」


破けなかった。灰に出来なかった。結局私はロードを少し破いただけだった。
私は手当たり次第に鞄も、携帯も、全部ロード目掛けてブン投げた。意味が無いと、頭の中で分かっているのに。
そうよ、そうなのよ。もう、ロードがいない明日なんて、考えられない。今までどうやって日々を過ごしていたのかさえも、思い出せない。
相当毒されてしまった。致死量、ギリギリな毒に、私は重症よ。許さない、許せない、許さない事が私の純情。





愛している訳ではない。





「いい事、私はあなたが言った通り、頭が固くて、心が狭くて、裏切りを絶対に許さない。
一生あなたの事を許さないから。だから、ずっと、私の傍で私に償いをしてもらうから、分かった!」


袖で涙を拭って、勢い良く立ち上がり、私はロードの高い鼻先を指差して、宣言した。
まるでどこかの女王様みたいに。気が付いた時、羞恥心が芽生えたが後の祭りだ。最後まで遣り通してやる。
ロードは一瞬で笑みを消し去り、黙った。


「な、何でそこで黙るの」


こそであなたはいつもの様に胡散臭い笑みを浮かべたまま、軽く流す様に頷くんでしょうが。
軽く目を剥いて、まじまじと私を見返していた。初めて見る変な表情をしていた。
変と言っては失礼、いや、ロードならいいか。今のはロードの予想を超える発言だったらしい。
やがて、彼は小さく肩を震わせると、狂った様に笑い出した。


『まさか、いや、まさか、ふふ…そんな事をなまえさんから、言うとは。
とっても…馬鹿ななまえさん!なんて馬鹿ななまえさん!自分から、そんな事を言うなんて!』


失礼な奴だ。私の事を二回も、馬鹿と言った。





『でも、僕の方がもっと、馬鹿ですよ』


出来るだけ、酷い事をしない様に頑張りますね。あなたを泣かせたい時もあると思いますが、それよりも、多く笑わせる様にしますね。
あなたは僕に触れられませんから、僕があなたに沢山触れますね。
ポツポツと、呟いてロードは私を頭から、抱き締めた。崩れる様にずるずると、また地面に膝を付いた。
温もりを感じぬ、掴めない腕の中で身を任せた。ちゃんとロードはここにいる。私を今抱き締めている。


『僕の事を本当は怖がっていると言うのに、僕から、逃げ出すチャンスを自分から、捨てた愚かで、僕の愛しい人。
あなたがいいと言うのなら、僕はあなたの傍にいても、いいんですね。残念ですがもう離してあげれませんよ。それでも、いいんですね』





「(こんな腕に安心してしまうなんて、本当にどうかしている)」


愛しているなど、愛していないなど、本当の事など、どうでもいい。
あなたはただ、私の傍にいる限り、ずっと、そうやって、胡散臭く笑ってなさい。
愛の言葉なんて、いらない。あなたはその笑みと、軽い言葉だけで十分よ。





『とんでもない男に溺れてしまいましたね…なまえさん』





でも、僕の方がずっと、あなたに溺れてしまったんですよ。とロードが綺麗に笑った。





だから何度でも溺れてしまうんだよ
(あなたが、いつも)(少しだけ優しいから)
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