小説




最近、なまえさんが余所余所しくなってしまいました。
僕が近づいたら、なまえさんが離れ、僕が話し掛けたら、返事をしてくれますが、いかにも聞き流している様な適当な相槌。
噛み付く様な言い方もしてくれ無くなりました。邪険に手で払い除ける仕草も無くなりました。それにちょっと、物足りなさを覚えてしまいます。
いえ、別に口汚く罵って欲しいとか、乱暴にされたいとか、そう言う訳ではありませんよ。ただ――仲直りしたはずなのにこんな対応とはね。





おかしいですよね。これって、絶対におかしいですよね。





今日も、なまえさんは僕を置いて、学校に行ってしまった。
僕も連れて行ってくれてもいいのに。不貞腐れてしまいますよ。
……あぁ、もう既に不貞腐れていますが。





少し前まで僕のお部屋的な六芒星の箱はもう無い。なまえさんがどこかへしまってしまいました。
それは僕をもう閉じ込めたりしないで自由にさせるって、意思表示ですよね。なまえさんなりの。
「少しだけ信じてあげる」なまえさんはそう言いました。その少しだけってところがなまえさんらしいです。











『お帰りなさい』


「ただいま」


『どうかしました』


帰って来たなまえさんは朝と同じ、紺色のブレザーに同系色のプリーツスカート姿。
えぇ、別にセーラー服が良かったなんて、僕は微塵も思っていませんよ。
そうまだ茶化してもいないのになまえさんが僕を一睨みしてきました。





「制服、着替えるから」


ぶすっとした声で言う。
僕がなまえさんの所へ来てからはなまえさんが着替えをしている時は終えるまで僕は出てこない。
そんな暗黙のルールがありましたけど、僕は今なまえさんの目の前にいる。今日はちょっとうっかり忘れてました。本当にうっかり。
なまえさんの事を考えていて。


『どうぞ?なんなら、手伝いますか』


脱がせるのは得意なんですよ。


「馬鹿!着替えるから、消えてるか、あっち向いてって言ってるのよ!!」


やや頬を染めたなまえさんが怒鳴った。
え、なまえさんは"制服、着替えるから"としか、言ってないじゃないですか。
消えてとも、あっちを向けなんて、一言も言っていませんし、聞いてませんよ。


なぁんて、言ったら怒るでしょうね、なまえさん。あぁ言えばこう言うと。
僕は本当に捻じ曲がっているのかもしれない。最近、少しばかり、僕もそう思う様になってきました。
なまえさんの困った顔や泣いた顔が見たいとばかり思ってしまう。
本当に傷ついた顔とかではなくて、冗談の範囲でのモノですが、コレってどうなんでしょう。





いつか僕が想像した"捻じ曲がった性格"よりはまだ…マシなんですかね。





前例が無いのでさっぱりと分かりません。取り合えずなまえさんの着替えが済むまでカードの中へ戻っておきます。





『なまえさん』


「何」


なまえさんが着替えを終えたのを見計らい、背を向けたままのなまえさんに声を掛けると、やっぱり、振り向いてくれないです。


『なまえさんに触れてもいいですか』


「…は、ぁ?いつも、勝手にしてるのに急に、どういう風の吹き回し?」


『たまには了承を得て思いっきり、なまえさんに触れてみたいと』


素っ頓狂な声を上げて、なまえさんは僕に振り返った。やっと僕を見てくれましたね。


「却下」


『その間は少しでも、僕に触れさせてもいいと考えたんでしょう』


「違う、呆れてたのよっ」





『何にもしませんから。それでも、駄目ですか』


なまえさんはむむぅ、と唸っていた。
僕がまた何か企んでいると思ってるんですかね。酷いなぁ。純粋な気持ちですから、悪意なんてありませんよ。


『無言は了承とみなしますね』





不服そうななまえさんの手を握った。
小さくて頼りない手。なまえさんがピクリと動いて小さく握り返すと僕の手から、簡単にすり抜けてしまう。
今まで僕は差程気にしなかった。触れられると触れられないとではどう違うかなんて。





触れられた時にどんな感触がするのかなんて。





『どんな感じがしますか、僕がなまえさんに触れている時』


「…何も、別に何も。一応、なんとはなく触られたり掴まれている感じはする。だけど…体温が無いから、あんまり」


『そうですか』


感じない。
予想していた通りです。僕が感じるモノはなまえさんは感じられない。
精霊と人間とはそういうモノらしいんですね。例外なんて無く。
僕が思いっきり、なまえさんを引き寄せた時も、きっと、物凄い力に引き寄せられるとしか、感じないんでしょうね。





「あなたからは、どんな感じが…するの」


私に触れている時。


逆に聞かれるとは思っても見ませんでした。
なまえさんは先程、すり抜けた手で僕の胸に躊躇いながら伸ばす。その手は僕に触れる事無く僕の体をすり抜けていった。
何度かそれを繰り返して、なまえさんは" 私もあなたに 触れられたら いいのに "と呟いた。





なまえさんを思いっきり抱きしめた(正しくは掻き抱くと言った表現ですが)。
困惑。なまえさんの表情は見えなくても、きっとそうです。





『もし、僕に触れられたら、なまえさんは――』





『いいえ、やめておきます』


言い掛けた言葉を飲み込んで、そっとなまえさんから離れた。
やはり、なまえさんは困惑した表情で僕を見上げていました。
そう言う表情もいいですね。そう笑い掛けると、なまえさんの眉間にシワが刻まれた。





『なまえさんはとっても、柔らかくて触り心地抜群ですよ』


あ、それは僕のなまえさん贔屓かもしれませんが。
僕は静かに彼女に背を向けた。





あまり、僕から求めてはいけませんね。きっと、あなたを不幸にする。あぁ、もう…していましたか。





でも背中にしあわせを隠し持ってるんだ
(なまえさんがそう思ってくれているだけで)
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